トメ君の為の捕鯨入門講座
投稿者: ts657738 投稿日時: 2004/08/31 21:11 投稿番号: [3886 / 62227]
根拠なくして意見を言っていけないのかというと、権利は誰にでもありますよ。
クジラなり環境保護なりの意見なら、それを出すべき場所だと再三指摘した通り。
ただし、その意見がどのように評価されるのかは、厳然として別問題が存在する。
つまり、君が先進だと思っていても、客観的には30年前の思想であると批判できる訳です。
自然を利用することに対してヒステリックに騒がれるようになったのが1972年のストックホルム会議。”成長の限界”なんて言葉が妙に新鮮に感じた時代というのがあったのでしょう。限りある地球を守ろうという思想がはびこった。反捕鯨運動のきっかけの有名な一局面。
ところが世界は、リオ、ヨハネスブルグサミットを通じて、現在では自然と人間は対立するものとして考えるべきではないという思想に変わっている。
人間の経済活動と自然は対立するものではなく、共存させる必要がある。貧困対策なくして食料問題の解決だってできないというのは当然。
そこで導き出されたのが、資源の持続的開発という概念。
あらゆる形態を通じて人間は地球環境に依存して生活せざるを得ない。農業だって、畜産だって人間の地球環境への干渉に過ぎず。過度の耕作地開発だって不可能だ。耕作ができないとなるなら、そこに飼料を依存する畜産だって限界に達してしまう。貧困からの脱却には経済成長が必要だが、地球は一定の限りあるもの。
しかし、地球の各地域のそれぞれの人間が豊かになるには開発が避けられない。それぞれの人間には豊かになる権利を認めないといけない、それが人権の尊重なのだ。人口を減らそうなどというのは、誰の権利があろうか。とんでもない人権侵害だ。
それでは、どうやって地球と人間を辻褄合わせするのか。
この回答が、今地球上にある資源を枯渇させることなく、次世代にも引き継げるように利用していきましょうという思想。
これなら自然保護と経済成長の両立が可能だということになる。
最新の思想としては、こういった発想が新しい。トメ君的思想は60年代末頃からポツポツ出てきて70年代に全盛だった、相当に古典的な自然保護思想になる。
ヨハネスブルグサミット
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/wssd/
では、持続的な資源開発とクジラがどのようにつながるのか。
クジラに限らず生物の資源利用には余剰生産モデルが適応される。子供を産んで増える力を利用して、増える部分を利用して元の資源を傷つけないように利用しようという考え方。これは魚だって、野鳥だって、カンガルーだって、鹿にだって共通して適応できる発想だ。
それをIWCでヒゲクジラに特化してルール化したのが、RMPということになる。
RMPとトメ君の言う「クジラは食物連鎖のニンゲンの隣にいますかね」の意味が全く通じない。RMPは鯨類の食物連鎖と関係などないのだ。
知らないことを知らないまま間違ってコメントしましたというなら、間違いましたと書いてもらっていい。議論が成立しないから。
もし、tome流のRMPの理解があるならそれを説明していただきたい。
RMPを知らないなら、知らないで構わない。きちんと説明できる人間は少ない。
トメ君の事実関係の誤認をさらに指摘すると、「人類の食物連鎖の隣に」クジラは存在しているということ。日本の場合ではIWCの決議について再三指摘している。これは日本に限らずアメリカだろうが、カナダだろうか、ロシアだろうが同じこと。それぞれにクジラが必要だから捕鯨国であり続けている。日本がクロミンク/ミンククジラしか調査捕鯨を行っていない時代であればアメリカの鯨肉生産の方が多いくらいだった。
地球儀を真上から眺めると捕鯨国なんてありふれた存在でしかないのだ。
単にトメ君が捕鯨国について知識が無いから、クジラが世界各地で食われていることを認識できないのならばより知識を広げるべきだろう。
クジラなり環境保護なりの意見なら、それを出すべき場所だと再三指摘した通り。
ただし、その意見がどのように評価されるのかは、厳然として別問題が存在する。
つまり、君が先進だと思っていても、客観的には30年前の思想であると批判できる訳です。
自然を利用することに対してヒステリックに騒がれるようになったのが1972年のストックホルム会議。”成長の限界”なんて言葉が妙に新鮮に感じた時代というのがあったのでしょう。限りある地球を守ろうという思想がはびこった。反捕鯨運動のきっかけの有名な一局面。
ところが世界は、リオ、ヨハネスブルグサミットを通じて、現在では自然と人間は対立するものとして考えるべきではないという思想に変わっている。
人間の経済活動と自然は対立するものではなく、共存させる必要がある。貧困対策なくして食料問題の解決だってできないというのは当然。
そこで導き出されたのが、資源の持続的開発という概念。
あらゆる形態を通じて人間は地球環境に依存して生活せざるを得ない。農業だって、畜産だって人間の地球環境への干渉に過ぎず。過度の耕作地開発だって不可能だ。耕作ができないとなるなら、そこに飼料を依存する畜産だって限界に達してしまう。貧困からの脱却には経済成長が必要だが、地球は一定の限りあるもの。
しかし、地球の各地域のそれぞれの人間が豊かになるには開発が避けられない。それぞれの人間には豊かになる権利を認めないといけない、それが人権の尊重なのだ。人口を減らそうなどというのは、誰の権利があろうか。とんでもない人権侵害だ。
それでは、どうやって地球と人間を辻褄合わせするのか。
この回答が、今地球上にある資源を枯渇させることなく、次世代にも引き継げるように利用していきましょうという思想。
これなら自然保護と経済成長の両立が可能だということになる。
最新の思想としては、こういった発想が新しい。トメ君的思想は60年代末頃からポツポツ出てきて70年代に全盛だった、相当に古典的な自然保護思想になる。
ヨハネスブルグサミット
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/wssd/
では、持続的な資源開発とクジラがどのようにつながるのか。
クジラに限らず生物の資源利用には余剰生産モデルが適応される。子供を産んで増える力を利用して、増える部分を利用して元の資源を傷つけないように利用しようという考え方。これは魚だって、野鳥だって、カンガルーだって、鹿にだって共通して適応できる発想だ。
それをIWCでヒゲクジラに特化してルール化したのが、RMPということになる。
RMPとトメ君の言う「クジラは食物連鎖のニンゲンの隣にいますかね」の意味が全く通じない。RMPは鯨類の食物連鎖と関係などないのだ。
知らないことを知らないまま間違ってコメントしましたというなら、間違いましたと書いてもらっていい。議論が成立しないから。
もし、tome流のRMPの理解があるならそれを説明していただきたい。
RMPを知らないなら、知らないで構わない。きちんと説明できる人間は少ない。
トメ君の事実関係の誤認をさらに指摘すると、「人類の食物連鎖の隣に」クジラは存在しているということ。日本の場合ではIWCの決議について再三指摘している。これは日本に限らずアメリカだろうが、カナダだろうか、ロシアだろうが同じこと。それぞれにクジラが必要だから捕鯨国であり続けている。日本がクロミンク/ミンククジラしか調査捕鯨を行っていない時代であればアメリカの鯨肉生産の方が多いくらいだった。
地球儀を真上から眺めると捕鯨国なんてありふれた存在でしかないのだ。
単にトメ君が捕鯨国について知識が無いから、クジラが世界各地で食われていることを認識できないのならばより知識を広げるべきだろう。
これは メッセージ 3867 (tome_koiy さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1834578/a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4c0a1aa_1/3886.html