狡い枠外捕鯨の例(つづき)
投稿者: aplzsia 投稿日時: 2009/06/21 07:28 投稿番号: [35933 / 62227]
(つづき)
E.サウスジョージア、1963/1964-1965/1966
日本の二つの南極派遣捕鯨船団が英国から借り受けたサウス
ジョージア地上基地を利用して操業した。
これら2船団トータルでナガスクジラ1273頭、イワシクジラ
919頭、マッコウクジラ218頭を捕獲した。
国際的な圧力にあって1966年のIWC会議で英国はサウスジョージア
の捕獲数を1964/1965シーズンの水準かそれ以下に保つことを
自由意志で合意した。このことが日本の派遣船団を終焉に
導いた。
F.チリ、1964-1968
チリ、ペルー、エクアドルは1979年にチリとペルーが国際捕鯨
取締条約に加盟するまで、3国共同でその領海の捕鯨を規制
していた。
日東捕鯨が地元パートナーとともに一つあるいは二つの陸上
基地を使用し、シロナガスクジラ516頭、ナガスクジラ582頭、
イワシクジラ1061頭、マッコウクジラ1221頭を捕獲した。
シロナガスクジラが捕獲されたのは1965年と1966年のみであった。
イワシクジラとみなされているもののいくらかはニタリクジラ
だろう。
G.ペルー、1967-1985
日本近海捕鯨が資金援助した地元会社が Paitaの基地を利用して
捕鯨を行った。操業は1985年3月に終了した。
捕鯨シーズンは時折冬に1−2ヶ月休漁することを除き、ほぼ
一年中にわたった。
総捕獲数はナガスクジラ291頭(1968-1977)、ニタリクジラ
3408頭(1973-1983)、イワシクジラ232頭(1973-1978)、
ニタリあるいはイワシクジラ2304頭(1968-1972)、マッコウ
クジラ14,331頭(1968-1981)だった (Valdivia et al, 1984)。
H.フィリピン、1983-1984
地元企業がFaith No.1と改名した日本のキャッチャー兼捕鯨母船
美和丸を利用して2シーズン捕鯨を行った。
日本の出資者のうちの一つは以前日本での美和丸の操業に参加
していた。1983年のニタリクジラ9頭と、47頭のニタリクジラが
1984年に277トンの製品となったことが報告されている。
操業は日本が鯨肉の輸入を拒否したことと、日本国民の外国捕鯨
への参加に関する新たな規制により終了した。
地元会社は1985年に操業し、40頭のニタリクジラを捕獲した。
===
以上、Encyclopedia of Marine Mammals (2002)
Ed. by W. F. Perrin他660頁より
E.サウスジョージア、1963/1964-1965/1966
日本の二つの南極派遣捕鯨船団が英国から借り受けたサウス
ジョージア地上基地を利用して操業した。
これら2船団トータルでナガスクジラ1273頭、イワシクジラ
919頭、マッコウクジラ218頭を捕獲した。
国際的な圧力にあって1966年のIWC会議で英国はサウスジョージア
の捕獲数を1964/1965シーズンの水準かそれ以下に保つことを
自由意志で合意した。このことが日本の派遣船団を終焉に
導いた。
F.チリ、1964-1968
チリ、ペルー、エクアドルは1979年にチリとペルーが国際捕鯨
取締条約に加盟するまで、3国共同でその領海の捕鯨を規制
していた。
日東捕鯨が地元パートナーとともに一つあるいは二つの陸上
基地を使用し、シロナガスクジラ516頭、ナガスクジラ582頭、
イワシクジラ1061頭、マッコウクジラ1221頭を捕獲した。
シロナガスクジラが捕獲されたのは1965年と1966年のみであった。
イワシクジラとみなされているもののいくらかはニタリクジラ
だろう。
G.ペルー、1967-1985
日本近海捕鯨が資金援助した地元会社が Paitaの基地を利用して
捕鯨を行った。操業は1985年3月に終了した。
捕鯨シーズンは時折冬に1−2ヶ月休漁することを除き、ほぼ
一年中にわたった。
総捕獲数はナガスクジラ291頭(1968-1977)、ニタリクジラ
3408頭(1973-1983)、イワシクジラ232頭(1973-1978)、
ニタリあるいはイワシクジラ2304頭(1968-1972)、マッコウ
クジラ14,331頭(1968-1981)だった (Valdivia et al, 1984)。
H.フィリピン、1983-1984
地元企業がFaith No.1と改名した日本のキャッチャー兼捕鯨母船
美和丸を利用して2シーズン捕鯨を行った。
日本の出資者のうちの一つは以前日本での美和丸の操業に参加
していた。1983年のニタリクジラ9頭と、47頭のニタリクジラが
1984年に277トンの製品となったことが報告されている。
操業は日本が鯨肉の輸入を拒否したことと、日本国民の外国捕鯨
への参加に関する新たな規制により終了した。
地元会社は1985年に操業し、40頭のニタリクジラを捕獲した。
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以上、Encyclopedia of Marine Mammals (2002)
Ed. by W. F. Perrin他660頁より
これは メッセージ 35932 (aplzsia さん)への返信です.
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