捕鯨問題と水産庁の政策誘導の歴史
投稿者: r13812 投稿日時: 2008/10/16 10:04 投稿番号: [29310 / 62227]
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日本水産刊行の社史、電通制作『日本水産の70年』(日本水産株式会社
1981年)に次のような記述がある。「南鯨捕獲枠の減少、鯨種別、海区別の規制の強化、さらに北太平洋捕獲枠の減少にともない、ついに捕鯨3社(「日本水産」、大洋漁業、極洋)による南鯨3船団、北鯨3船団の維持は、採算上も不可能になった。この対策をこうずるため捕鯨6社(前記3社と日東捕鯨、日本捕鯨、北洋捕鯨)の社長間で緊急に話し合いがおこなわれ、水産庁の指導もあって、昭和50年(1975年)7月、母船式捕鯨を統合して新会社を設立、捕鯨業の維持存続をはかることで合意をみたのである」(前掲書197頁)。
翌年1976年2月16日の日本共同捕鯨株式会社の設立については次のように記す。「この新会社は捕鯨6社を中心に構成され、捕鯨母船3隻、捕鯨船20隻を保有、社長には藤田巌前大日本水産会会長が就任。(注:藤田巌氏は、元水産庁長官)従業員は陸上100名、海上1400余名で発足した」(前掲
198頁)。
大変興味深いのは、捕鯨の維持の論拠として伝統や鯨食文化ではなく動物性蛋白質の自給が挙げられていたことである。
それは敗戦直後から戦後復興期にかけて主流であった考え方を再提出するものであったが説得力に欠ける。と言うのは、すでに経済大国となっていた日本にとって海外からの牛・豚・鶏肉や海産物の輸入によって不足分の動物性蛋白質を確保することは極めて容易であったし、実際にもそうしていたからである。
日本共同捕鯨株式会社の設立披露は76年の4月におこなわれる。出席した安倍晋太郎農相(注:安倍晋三前総理の父
引用者)は、「捕鯨業の灯を絶やさず、食糧確保のためにがんばってほしい。政府としてもできるかぎり積極的に応援をしてゆきたい」と挨拶した」(前掲書
198頁)。
すでに30年以上前の時点で捕鯨大手・中堅各社は、資源の枯渇や国民の鯨肉離れや商業捕鯨に対する国際的な規制の強化などによって捕鯨業が経営的に成り立たず、将来展望も持ち得ないことを理解していた。
だが以上の証言は、「採算上不可能な」商業捕鯨の維持が、「水産庁の指導もあって」合意・決定され、実施のための新会社の設立までなされた経緯を明らかにしていて興味深い。
これは メッセージ 1 (whale_ac さん)への返信です.
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