Re: 商業捕鯨 横
投稿者: assaraamaaleicomnjp 投稿日時: 2008/03/23 01:16 投稿番号: [24245 / 62227]
>その不当なプロパガンダを流しているのが・・・グリンピースですよ。
それも悪質で実に汚い。貴方はそれをご存知でしょうね?
もちろん分かっています。
ただ彼らの主張は,初めから重要には思っていません。なぜなら彼らの反対の理由そのものが非常に軟弱で,おそらくは食料が十分に補給できる先進国の裕福な状況によってのみ主張できうる集団的なヒステリックな感情論から発していることが容易に理解できるからです。衝突事故もそうですが,双方の画像を見れば簡単にどちらが悪いか?ということは判断できますから,たとえば水産庁なり外務省が筋道を立てて正式に該当諸国に抗議すれば,もしくは日本国民に向けて説明すれば十分に理解を得られるものと考えています。
※むしろ彼らが、実際に鯨の調査観測を日本のようにやり始めることの方が、手強い気がしています。
>反捕鯨国の色々な働きかけは国際社会の中で話し合いで解決される
ものであろうから・・・
私はこちらの方が、難しいのでは無かろうかと思っています。
例えば、アメリカやオーストラリアのいわば国益と対立したときの向こう側のプロパガンダは、話し合いで解決できうるような論理的なものではないだろうと今までの経緯を見て感じています。日米漁業協定の時もそうでしたが、結局彼らの裏側に存在するのは、その圧倒的な軍事力に裏打ちされた、有無を言わさぬ暴力的威圧です。
基本的に、欧米の考え方は、「人間の為の自然の管理」であると思います。今までの植民地主義時代を考えると、基本的に彼らはいわゆる有色人種を自分たちと同じ人間の部類よりも、自然物としての範疇に見ているという側面が多く感じられます。
彼らの美意識からすれば、如何に自分たち人間が能率的に自然をコントロールするか?が重要な問題であって、そのためには、キリスト教的倫理観でもって、人間としての理性を最も長く持ち続けている彼ら白人が他の人類をも総括的にコントロールすることが、一番効率の良い状態であるから、そう言う一つのヒエラルキーを作り上げることが地球にとってもっともいい状態を保つことになるとでも考えているようにも感じます。
彼らや、彼らの手先であるr氏などがよく書いている「鯨はコントロールができないから捕鯨に反対だ。」というのは、裏返せば、「鯨のコントロールは難しいが、日本人(有色人種)は今までの経緯を考えると、自然という複雑で壮大なものを管理するよりもずっと簡単だから、こっちの方をコントロールすれば同じ事だ。」ということになるだろうと思います。
小泉政権以降(というか本来は戦後ずっとそうだったようですが、中曽根を頂点として)、アメリカのケツナメ路線を認めてきて、今では、「もう日本人はアメリカの言うとおりにしていれば間違いはない」などと考えているような岡崎幸雄氏のような非常に消極的な、主体性のない舵取りをしていて、本当に大丈夫だろうか?と、昨今の国際情勢を見ていて、(無知が故多くのことはわかりませんが)心配になっている今日この頃です。
もう、農産物(穀物)はおそらくは完全にコントロールされていますし、牛肉もおそらくはそうですし、200海里以降の日本食(すし)ブームによって、海産物さえも、かつて日本が優位に立っていた状態が失われました。おそらくこのままでは、「鯨」、というよりも、「公海」そのものの管理権さえ、彼らの手に渡るのも、時間の問題のように感じています。
※日本人のアイデンティティに賭けて、延々と続く欧米の植民地主義からの脱出を試みるべき時期にきているのではないでしょうか?
そのための商業捕鯨の意味をもっと国民にアピールして、コンセンサスを取ることが必要だと思います。・・・といってもこんな事ではこれが「政局」になるようなことはないのだろうな・・。
深夜故、少しナショナリズム色が強くなりましたことお許しください。
それも悪質で実に汚い。貴方はそれをご存知でしょうね?
もちろん分かっています。
ただ彼らの主張は,初めから重要には思っていません。なぜなら彼らの反対の理由そのものが非常に軟弱で,おそらくは食料が十分に補給できる先進国の裕福な状況によってのみ主張できうる集団的なヒステリックな感情論から発していることが容易に理解できるからです。衝突事故もそうですが,双方の画像を見れば簡単にどちらが悪いか?ということは判断できますから,たとえば水産庁なり外務省が筋道を立てて正式に該当諸国に抗議すれば,もしくは日本国民に向けて説明すれば十分に理解を得られるものと考えています。
※むしろ彼らが、実際に鯨の調査観測を日本のようにやり始めることの方が、手強い気がしています。
>反捕鯨国の色々な働きかけは国際社会の中で話し合いで解決される
ものであろうから・・・
私はこちらの方が、難しいのでは無かろうかと思っています。
例えば、アメリカやオーストラリアのいわば国益と対立したときの向こう側のプロパガンダは、話し合いで解決できうるような論理的なものではないだろうと今までの経緯を見て感じています。日米漁業協定の時もそうでしたが、結局彼らの裏側に存在するのは、その圧倒的な軍事力に裏打ちされた、有無を言わさぬ暴力的威圧です。
基本的に、欧米の考え方は、「人間の為の自然の管理」であると思います。今までの植民地主義時代を考えると、基本的に彼らはいわゆる有色人種を自分たちと同じ人間の部類よりも、自然物としての範疇に見ているという側面が多く感じられます。
彼らの美意識からすれば、如何に自分たち人間が能率的に自然をコントロールするか?が重要な問題であって、そのためには、キリスト教的倫理観でもって、人間としての理性を最も長く持ち続けている彼ら白人が他の人類をも総括的にコントロールすることが、一番効率の良い状態であるから、そう言う一つのヒエラルキーを作り上げることが地球にとってもっともいい状態を保つことになるとでも考えているようにも感じます。
彼らや、彼らの手先であるr氏などがよく書いている「鯨はコントロールができないから捕鯨に反対だ。」というのは、裏返せば、「鯨のコントロールは難しいが、日本人(有色人種)は今までの経緯を考えると、自然という複雑で壮大なものを管理するよりもずっと簡単だから、こっちの方をコントロールすれば同じ事だ。」ということになるだろうと思います。
小泉政権以降(というか本来は戦後ずっとそうだったようですが、中曽根を頂点として)、アメリカのケツナメ路線を認めてきて、今では、「もう日本人はアメリカの言うとおりにしていれば間違いはない」などと考えているような岡崎幸雄氏のような非常に消極的な、主体性のない舵取りをしていて、本当に大丈夫だろうか?と、昨今の国際情勢を見ていて、(無知が故多くのことはわかりませんが)心配になっている今日この頃です。
もう、農産物(穀物)はおそらくは完全にコントロールされていますし、牛肉もおそらくはそうですし、200海里以降の日本食(すし)ブームによって、海産物さえも、かつて日本が優位に立っていた状態が失われました。おそらくこのままでは、「鯨」、というよりも、「公海」そのものの管理権さえ、彼らの手に渡るのも、時間の問題のように感じています。
※日本人のアイデンティティに賭けて、延々と続く欧米の植民地主義からの脱出を試みるべき時期にきているのではないでしょうか?
そのための商業捕鯨の意味をもっと国民にアピールして、コンセンサスを取ることが必要だと思います。・・・といってもこんな事ではこれが「政局」になるようなことはないのだろうな・・。
深夜故、少しナショナリズム色が強くなりましたことお許しください。
これは メッセージ 24244 (whalemeatlove さん)への返信です.
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