石弘之批判、その3
投稿者: thunnus_thynnus_mejimaguro 投稿日時: 2003/09/21 21:53 投稿番号: [2131 / 62227]
Q3
日本は西欧諸国と違ってクジラを隅々まで使い尽くし、墓まで建てて供養してきた。大切にしながら獲って来たんだ。自然観が違うんだから、日本人がクジラを獲る立場は、欧米人にはわからないといわれますが。
石
大企業が大資本を投じ、近代装備を駆使しながら捕鯨をする時に、「大切にしながら獲る」などということがどこまで通用するでしょうか。
→この文が書かれたのは87年だから、RMPは未完成とはいえ、すでにNMPができていた。
そもそも、鯨がいなくなって最も困るのは捕鯨者自身であることは明白。故・泉井守一も鯨の繁殖場での捕鯨を上司が提案した時、激しく反対して断念させたという例がある。
石
確かに日本人は自然を愛し、自然と一体化してきたとよく言われます。でも絶滅に瀕している野生動物の商取引を禁じた「ワシントン条約」をはじめとする国際合意を踏みにじっている、現在の日本の状況を客観的に見たら、誰も日本人が自然と一体化し、他の動物を大切にする国民だとはおもわないのではないでしょうか。
→日本がCITESでミンク・マッコウ、ツチ鯨などの取引規制を留保していることに文句があるようだが、ザトウやシロナガスなどといった減少した鯨は規制に賛成している。そもそも、数の多い鯨まで規制するほうがCITESの目的にそぐわないのは明白。
石
日本人のような農耕民族にとって、動物は邪魔者として扱われる場合が多かったことも事実です。狩猟民族が獲るべき獲物を意識的に残すことで保存してきたことと対照的です。
クマが里に顔を出し、カモシカが植林地に現れたらすぐさま「有害鳥獣駆除」として射殺するなんて、これが「自然を愛する国民」のすることでしょうか。
→農耕民族は悪、狩猟民族は善などとは、さながらアジアは劣っていて欧米は優れているという文化帝国主義が見え見え。そもそも、農耕に被害が出るなら、その被害を最小限度に押さえる工夫が必要なのはいうまでもない。
ヒグマ・ツキノワとも捕殺は十分検討した上でのみ許されるべきだが、いかなる場合でも駆除してはいけないという考えの方が非現実的。米でも時には熊を捕殺する。
カモシカに至っては、草食獣なので繁殖力は強い。被害の大きな所では、捕殺も止むを得ないが、その決断に踏み切った人間の苦悩というものを全く考慮していない、無責任な発言と言えよう。
およそ、こういった人間は「野性動物」の方が人命より大切と考えているふしがあるのではないだろうか。
これは メッセージ 2128 (thunnus_thynnus_mejimaguro さん)への返信です.
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