日本がいう「脱退」の意味と歴史⑤
投稿者: kujira77777 投稿日時: 2007/08/14 09:46 投稿番号: [20104 / 62227]
繰り返される脱退騒動
さて、これまでに日本が脱退を示唆したときは、どんな状況だったのだろう。
森下代表代理の記者に対する回答は1行足らずで、質問した日本の記者も、いささか物足りなかったかもしれない。かわりに筆者が補足することにしよう。
森下氏の発言に登場する「島さん」は森本稔氏の前任者である島一雄氏を指しているので、これを手がかりに報道を振り返ってみる。
商業捕鯨のモラトリアム実施以降、最初に「脱退」ののろしを上げ、実際に脱退するのは、アイスランドである。
1990年7月6日付の日経新聞が、「アイスランドが脱退する可能性を示唆した」と報じている。これが「脱退を表明」に変わるのは翌年1991年6月。アイスランドのレイキャビクで開催されていた総会最終日のことだ。この年の総会では、同国が提案したクジラの新管理方式が不採択となり、捕鯨上限設定案が否定されている。
これに対して日本はどう反応したかというと、他の捕鯨国の出方待ちで、「ノルウェーとソ連の出方に注目したい」(1991年6月1日毎日新聞)としている。
日本政府が自ら“脱退”声明を発するのは、1992年。7月3日、英国のグラスゴーで開催された第44回年次総会最終日に、島一雄代表(水産庁次長)が総会の最後に会議の中で発言している。これは、生息状況に影響を与えないだけの捕獲数を算出するRMP(改定管理方式)がほぼ完成するのにあわせて、合衆国やオーストラリアなど5カ国が、RMPの実施には管理体制(RMS)の確立が必要であるとする議案を提出し、圧倒的多数で可決されたことを受けている。
そのため各紙は、4日朝刊で次のように報じた。▼脱退の可能性言及 国際捕鯨委で日本代表が声明(朝日) ▼日本、強い不満表明 機能マヒ続けば脱退も(毎日) ▼日本がIWC脱退を示唆 不公平な運営非難 政府代表演説(読売)
これに対して、仙台に拠点を置く東北のブロック紙河北新報は「水産庁の留守部隊、遠洋課は、4日朝から、島発言の真意をただす電話や報道陣の応対に追われた」と7月5日朝刊で報じている。ちなみにこのときの遠洋課長は、森本稔氏である。
それはそうだろう、前日3日の朝刊では、「来年(1993年)の日本開催が総会で了承された」と報じられている。来年の年次会合を招致しておいて、なぜ、「脱退」なのか。
自民党捕鯨議員連盟の会長・田沢吉郎衆議院議員(青森2区)は「それぐらい強い姿勢を見せて当然」(河北新報)としながらも、上記の疑問を森本課長にぶつけている。課長の回答は、河北新報によればこんなふうになっている。
【「魚食文化、沿岸捕鯨基地の実態など、日本を正しく見てもらうことが大切。グラスゴーで世界伝統捕鯨者会議が開かれ、沿岸捕鯨者同士が初めて連帯したように、捕鯨者自らが日本の正しさをアピールすれば再開への道も開ける」と、自らに言い聞かせるような表情だった】
見どころは総会招致の理由ではない。「自らに言い聞かせるような表情だった」とわざわざ記者が記した点だ。【森本氏】だって、つじつまが合わないと思っていた節がある。記者もまた、腑に落ちなかったのだろう。また、田沢議員のコメントも、「ガツンと言ってやれ」以上の意味は受け取れない。また同紙は、捕鯨基地鮎川を抱える牡鹿町(現在は石巻市)安住重彦町長(当時)が「1つの警告。日本は国際的機関から脱退できるほど、影響力が小さい国ではない」と懐疑的なコメントをしたことも報じている。
さらに、同日の朝日新聞が「ここで脱退したら意味がない」とする水産庁幹部のコメントを紹介し、脱退を強行するまでの考えはなさそうだとしている。
そして翌6日の夕刊、翌々日7日の朝刊では、各紙が「政府筋がIWC脱退あり得ないと表明」と報じている。
政府筋って誰? というのはともかく、これで一気に「脱退は(今は)ない」ということになり、報道は沈静化した。
これが、森下代表代理の言った「島さんの時代」の第一弾である。
さて、これまでに日本が脱退を示唆したときは、どんな状況だったのだろう。
森下代表代理の記者に対する回答は1行足らずで、質問した日本の記者も、いささか物足りなかったかもしれない。かわりに筆者が補足することにしよう。
森下氏の発言に登場する「島さん」は森本稔氏の前任者である島一雄氏を指しているので、これを手がかりに報道を振り返ってみる。
商業捕鯨のモラトリアム実施以降、最初に「脱退」ののろしを上げ、実際に脱退するのは、アイスランドである。
1990年7月6日付の日経新聞が、「アイスランドが脱退する可能性を示唆した」と報じている。これが「脱退を表明」に変わるのは翌年1991年6月。アイスランドのレイキャビクで開催されていた総会最終日のことだ。この年の総会では、同国が提案したクジラの新管理方式が不採択となり、捕鯨上限設定案が否定されている。
これに対して日本はどう反応したかというと、他の捕鯨国の出方待ちで、「ノルウェーとソ連の出方に注目したい」(1991年6月1日毎日新聞)としている。
日本政府が自ら“脱退”声明を発するのは、1992年。7月3日、英国のグラスゴーで開催された第44回年次総会最終日に、島一雄代表(水産庁次長)が総会の最後に会議の中で発言している。これは、生息状況に影響を与えないだけの捕獲数を算出するRMP(改定管理方式)がほぼ完成するのにあわせて、合衆国やオーストラリアなど5カ国が、RMPの実施には管理体制(RMS)の確立が必要であるとする議案を提出し、圧倒的多数で可決されたことを受けている。
そのため各紙は、4日朝刊で次のように報じた。▼脱退の可能性言及 国際捕鯨委で日本代表が声明(朝日) ▼日本、強い不満表明 機能マヒ続けば脱退も(毎日) ▼日本がIWC脱退を示唆 不公平な運営非難 政府代表演説(読売)
これに対して、仙台に拠点を置く東北のブロック紙河北新報は「水産庁の留守部隊、遠洋課は、4日朝から、島発言の真意をただす電話や報道陣の応対に追われた」と7月5日朝刊で報じている。ちなみにこのときの遠洋課長は、森本稔氏である。
それはそうだろう、前日3日の朝刊では、「来年(1993年)の日本開催が総会で了承された」と報じられている。来年の年次会合を招致しておいて、なぜ、「脱退」なのか。
自民党捕鯨議員連盟の会長・田沢吉郎衆議院議員(青森2区)は「それぐらい強い姿勢を見せて当然」(河北新報)としながらも、上記の疑問を森本課長にぶつけている。課長の回答は、河北新報によればこんなふうになっている。
【「魚食文化、沿岸捕鯨基地の実態など、日本を正しく見てもらうことが大切。グラスゴーで世界伝統捕鯨者会議が開かれ、沿岸捕鯨者同士が初めて連帯したように、捕鯨者自らが日本の正しさをアピールすれば再開への道も開ける」と、自らに言い聞かせるような表情だった】
見どころは総会招致の理由ではない。「自らに言い聞かせるような表情だった」とわざわざ記者が記した点だ。【森本氏】だって、つじつまが合わないと思っていた節がある。記者もまた、腑に落ちなかったのだろう。また、田沢議員のコメントも、「ガツンと言ってやれ」以上の意味は受け取れない。また同紙は、捕鯨基地鮎川を抱える牡鹿町(現在は石巻市)安住重彦町長(当時)が「1つの警告。日本は国際的機関から脱退できるほど、影響力が小さい国ではない」と懐疑的なコメントをしたことも報じている。
さらに、同日の朝日新聞が「ここで脱退したら意味がない」とする水産庁幹部のコメントを紹介し、脱退を強行するまでの考えはなさそうだとしている。
そして翌6日の夕刊、翌々日7日の朝刊では、各紙が「政府筋がIWC脱退あり得ないと表明」と報じている。
政府筋って誰? というのはともかく、これで一気に「脱退は(今は)ない」ということになり、報道は沈静化した。
これが、森下代表代理の言った「島さんの時代」の第一弾である。
これは メッセージ 20103 (kujira77777 さん)への返信です.
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