また、捕鯨ライブラリーより
投稿者: ts657738 投稿日時: 2002/09/21 19:53 投稿番号: [1772 / 62227]
http://luna.pos.to/whale/jpn_zat_minke.html
「ミンククジラの資源量 」 抜粋
1970年代後半、日本の大隅博士は南氷洋のミンククジラは捕獲の対象となる成体だけでも40万頭はいると推定していたが、反捕鯨派科学者のリーダー的存在であるシドニー・ホルト博士(Sidney J. Holt)による推定量はたった2万頭というものであり、実際に大規模な調査を行って検証する必要があった。そこで、IWCが1974から始めていたIDCR(International Decade of Cetacean Research、国際鯨類調査10年計画)の一部として南氷洋のミンククジラの資源量の調査が開始した。
この調査によって、ミンククジラの数が極めて豊富な事が判明し、商業捕鯨モラトリアムが採択された1982年にもIWCの科学委員会はミンククジラは捕獲を続けてもなんら問題ない豊富な種であるとして、資源状態に関わらずにすべての対象鯨種の捕獲を禁ずる包括的モラトリアムの必要性はない、と結論していた。当時の推定資源量は30万頭程度であるから、シドニー・ホルトの推定量がいかに荒唐無稽なものだったかがわかる。
なお、これ以上調査でミンククジラの豊富な資源量が裏付けられては困るのか、1984年のIWC科学委員会の会合では反捕鯨派科学者グループが調査を継続すべきでないと言い出したが、日本側の強い主張で結局継続となった。以後調査は毎年続いてきており、95/96年の航海では調査期間の最初の1ヶ月ほどが日本が独自に企画したシロナガスクジラ調査、残り2ヶ月程度がIDCRのミンククジラ調査という2本立てになり、翌年からはこの2段構成の調査航海がIWCの新調査プログラムSOWER(Southern Ocean Whale and Ecosystem Research)の名のもとに行われるようになって現在に至っている。
IWCの科学委員会の1971年におけるミンククジラ推定資源量は15万頭から20万頭であり、その後の研究でも本格的捕獲開始前の資源量はこのレベルらしいから、シロナガスなどの大型種が減った事によって豊富なエサを得たミンククジラが、その短い妊娠周期も手伝って飛躍的に増加したという仮説がある。実際、1940年代以降、ミンククジラの成長曲線の変化は体長が大型化している事を示していて餌の摂取状態が良くなったことが伺え、また、性成熟年齢が下がったこともこれと整合している。これは、第二次大戦後の日本人の食料事情の改善と、それに伴う体格の変化と類似している、と言えばわかりやすいであろうか。
このように豊富なミンククジラだが1983年にボツワナで開催されたワシントン条約(CITES)会議では絶滅の恐れがある種を記載する付属書 I に掲載された。提案国はセイシェルだが、上述のシドニー・ホルトはこの時期セイシェル代表団員としてIWCに参加しているから、この提案も彼が関与したものであろう。 IWCと違って参加国が必ずしも鯨の資源状態に明るくなく、「事実」よりはロビー活動がものを言うCITESの場だからこそ、このような分類が可能になったともいえる。
「ミンククジラの資源量 」 抜粋
1970年代後半、日本の大隅博士は南氷洋のミンククジラは捕獲の対象となる成体だけでも40万頭はいると推定していたが、反捕鯨派科学者のリーダー的存在であるシドニー・ホルト博士(Sidney J. Holt)による推定量はたった2万頭というものであり、実際に大規模な調査を行って検証する必要があった。そこで、IWCが1974から始めていたIDCR(International Decade of Cetacean Research、国際鯨類調査10年計画)の一部として南氷洋のミンククジラの資源量の調査が開始した。
この調査によって、ミンククジラの数が極めて豊富な事が判明し、商業捕鯨モラトリアムが採択された1982年にもIWCの科学委員会はミンククジラは捕獲を続けてもなんら問題ない豊富な種であるとして、資源状態に関わらずにすべての対象鯨種の捕獲を禁ずる包括的モラトリアムの必要性はない、と結論していた。当時の推定資源量は30万頭程度であるから、シドニー・ホルトの推定量がいかに荒唐無稽なものだったかがわかる。
なお、これ以上調査でミンククジラの豊富な資源量が裏付けられては困るのか、1984年のIWC科学委員会の会合では反捕鯨派科学者グループが調査を継続すべきでないと言い出したが、日本側の強い主張で結局継続となった。以後調査は毎年続いてきており、95/96年の航海では調査期間の最初の1ヶ月ほどが日本が独自に企画したシロナガスクジラ調査、残り2ヶ月程度がIDCRのミンククジラ調査という2本立てになり、翌年からはこの2段構成の調査航海がIWCの新調査プログラムSOWER(Southern Ocean Whale and Ecosystem Research)の名のもとに行われるようになって現在に至っている。
IWCの科学委員会の1971年におけるミンククジラ推定資源量は15万頭から20万頭であり、その後の研究でも本格的捕獲開始前の資源量はこのレベルらしいから、シロナガスなどの大型種が減った事によって豊富なエサを得たミンククジラが、その短い妊娠周期も手伝って飛躍的に増加したという仮説がある。実際、1940年代以降、ミンククジラの成長曲線の変化は体長が大型化している事を示していて餌の摂取状態が良くなったことが伺え、また、性成熟年齢が下がったこともこれと整合している。これは、第二次大戦後の日本人の食料事情の改善と、それに伴う体格の変化と類似している、と言えばわかりやすいであろうか。
このように豊富なミンククジラだが1983年にボツワナで開催されたワシントン条約(CITES)会議では絶滅の恐れがある種を記載する付属書 I に掲載された。提案国はセイシェルだが、上述のシドニー・ホルトはこの時期セイシェル代表団員としてIWCに参加しているから、この提案も彼が関与したものであろう。 IWCと違って参加国が必ずしも鯨の資源状態に明るくなく、「事実」よりはロビー活動がものを言うCITESの場だからこそ、このような分類が可能になったともいえる。
これは メッセージ 1771 (ts657738 さん)への返信です.
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