景観ファッシズム
投稿者: Syunske8 投稿日時: 2009/07/12 09:10 投稿番号: [150 / 596]
公共空間の見栄えを重視して住民を偽誓にする主張を、こう呼ぶ。鉄道写真好きのマニアが、邪魔な木を切るなど他人の事物に勝手に手を加えるのと通ずる。
「経済成長の一方で国民は貧しい」と断定しているがオプッタはどうだったのか?
相続財産など先人の遺産で食ってきて、賢明に働く人々と社会を見下してきたのは明白だ。
経済全体が成長しなければそこにいる人々は豊になれない、幸福を享受できない。しかもこの国は少子高齢化に向かい生産性はいやがうえにも低くなるから、最低限の生活を維持するうえにも、経済成長は絶対に必要だ、好みの問題ではない。経済のパイ全体を増やさねばその分け前も増えないというのが冷厳な事実。
オプウタは国家をやたらと信頼しているが、彼らに分け方を委ねれば官僚たちばかりが太ってしまう、集産主義の欠陥を世界は痛感しているから、上からパイを切ってわけるやり方は誰も好まない。
>環境もクソもない状態は民活が生み出したモノ。
80年代以降、関西各地のコスモポリスシリーズや港北・多摩・千葉のニュータウン等役所が主体になった郊外開発が大赤字で計画頓挫し地方財政に重大な損害を与えたことを知らないのだろう。おろかにも。
採算無視で「環境もクソもない乱開発」をやっているのはオプッタが大好きな公的機関なのだ。
「電線地中化がなされている」と威張る地ほど財政が疲弊して、住民サービスが劣化している奇妙な暗合をどうかんがえるのだろうか?
これは メッセージ 149 (ooppuutt さん)への返信です.
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