核と軍―孤立国家の切り札⑥
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/12/14 06:38 投稿番号: [95572 / 232612]
(6)◎すべて仕切るオーナー社長
一握りの側近と国動かす
金日成に代わり金正日が全権を掌握した北朝鮮。核開発をめぐる米朝協議は継続され、1994年10月のジュネーブ枠組み合意に至る。その6年後には寧辺核施設で使用済み核燃料棒八千本の封印が完了。初の南北首脳会談が実現した。
「送電施設が古く、電気が漏れる」「化学肥料を使わず農業をしようとしたが、生産性が落ち土壌の質が悪くなった」。金正日はよくしゃべった。金剛山や妙香山の自然保護、養鶏場の機械化、観光事業…。
歴史的な首脳会談2日目の2000年6月14日、平壌の迎賓館で催された夕食会。韓国大統領金大中とメーンテーブルに着いた財政経済相李憲宰(59)は「朴正煕のようだ」と思った。
61年の軍事クーデターで政権を握り独裁体制を敷いた元大統領朴正煕は70年代にかけ急成長した韓国経済の「父」としても知られる。
「朴大統領も国家プロジェクトから農業開発まで、すべてを把握していた。金正日国防委員長は例えて言えば、小さな会社のオーナー社長。隅々まで知り尽くし、すべて自分でやる」
74年に後継者に決まった金正日は80年党大会で表舞台に登場。97年10月に党総書記、98年9月には「国家の最高位」となった国防委員会委員長に再選され正式に国のトップとなった。
李には、夕食会に居並んだ北朝鮮の幹部のほとんどは「オーナー社長の顔色をうかがう秘書」としか映らなかった。実力者といわれた長身の党書記金容淳ですら背を小さく丸め、テーブルを回っていたという。
最高人民会議常任委員長の金永南も「北と南の友好」といった形式的な話ばかり。軽口をたたき自由に振る舞っていたのは、金正日の妹の夫で党第一副部長の張成沢と国防委第一副委員長趙明禄ぐらいだった。
趙は金正日の国防委員長再選の際に第一副委員長に就任。2000年10月、米朝関係改善をめぐり金正日の特使として米大統領ビル・クリントンと会談した実力者だ。
「金正日国防委員長と一握りの側近が北朝鮮のすべて。それ以外に国家システムは存在しない」と李はみる。=敬称略
【編注】キム・ジョンイル▽キム・デジュン▽イ・ホンジェ▽パク・チョンヒ▽キム・ヨンスン▽キム・ヨンナム▽チャン・ソンテク▽チョ・ミョンロク
(共同)
これは メッセージ 95571 (sofiansky2003 さん)への返信です.
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