核と軍―孤立国家の切り札⑤
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/12/14 06:38 投稿番号: [95571 / 232612]
(5)◎「核危機」に身構える米国
限りなく開戦に近づく半島
「あす、あなたが重大な記者会見をするという話がある。本当か」
1994年5月、ソウルの青瓦台(大統領官邸)執務室。韓国大統領だった金泳三(75)は駐韓米大使ジェームズ・レイニーを問い詰めた。
「そうです」とレイニー。大使館員や軍人の家族全員の国外避難を発表する予定だという。
「発表したら、大変なことになる。国民は何の話かすぐ分かる。パスポートを持っている人は全部逃げ出す。混乱はどうやっても収まらない」
金泳三が大統領に就任した翌月の93年3月、北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)の査察を拒否し核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言。
米国との高官協議に応じ脱退を留保したが94年5月、寧辺の実験用原子炉からの使用済み核燃料棒取り出しを強行し、翌6月にはIAEA脱退を表明した。
「核危機」に身構えた米国は93年から94年春にかけ、朝鮮半島周辺で軍備増強を進めた。
レイニーと会ったその日の夜、金泳三は米大統領ビル・クリントンに電話を入れた。
「65万の韓国軍は1人も動かせない。大統領として、軍の最高司令官として言うんです」
レイニーの記者会見は中止された。
100万人を超す朝鮮人民軍は兵力の6、7割を軍事境界線近くに集中。米国が寧辺の核施設を攻撃すれば、長距離砲でソウルを火の海にできる。韓国にとって、戦争はあり得ない選択だった。
「クリントン大統領と前年から10回以上も極秘電話会談をした。彼は電話のたび『許すことはできない。戦争だ』と言った」と金泳三は語る。
限りなく開戦に近づく中、私人として訪朝した元米大統領ジミー・カーターが94年6月16日、金日成と会談。金日成は米国が軽水炉提供を支援してくれるならIAEA査察官残留を認めると答え、危機は去った。
軽水炉は黒鉛減速型の寧辺の原子炉に比べ、プルトニウムが生成されにくいという。
金日成は、金泳三がカーターに託した南北首脳会談の提案も受け入れた。しかし歴史的な会談まで17日を残すだけとなった7月8日、急死する。=敬称略
これは メッセージ 95570 (sofiansky2003 さん)への返信です.
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