核と軍―孤立国家の切り札④
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/12/14 06:37 投稿番号: [95570 / 232612]
(4)◎方針変え正常化交渉提案
中国局日本課が日本局に
1990年9月27日、金日成との2日目の会談を終え招待所に戻ると、金丸信は息子の信吾(58)に耳打ちした。
「国交正常化の提案があったよ」
金丸訪朝団が目的としたのは、83年から北朝鮮にスパイ容疑で抑留されていた第18富士山丸船長らの釈放。金日成は金丸と社会党の田辺誠(81)との26日の会談で「満足してもらえると思う」と請け合ってた。
そして金丸と差しになって突然、訪朝団の誰1人予想していなかった国交正常化交渉を提案した。北朝鮮は、韓国と国交を結んだ日本との国交正常化は「2つの朝鮮」の固定化につながるとの立場を取っていた。
金丸は「おれが『貴国の方針が変わったということですか』と聞いたら、金日成主席は『変わった』と答えた」と話していたという。
金丸が平壌に戻ると、当時外務省審議官の川島裕(61)が飛んできた。
「大変なことになりました。正常化をやりたいと言ってます」
「それはいいことだ。受けなさい」と金丸。
後に自民、社会両党と朝鮮労働党の3党共同宣言に「植民地支配に対する償い」とともに盛り込まれた「戦後45年間の(敵視政策による)損失への償い」が国内外で反発を招くが91年1月、第1回日朝国交正常化交渉にこぎつける。
「日本は米国に従属的だと思っていたが、金丸に会ってみると、そうではなかった」
金丸との会談後、そう話していたという金日成は、外務省の組織改編に手を付ける。
「それまでの中国局の日本課が日本局になり、専門家約30人が集められた。日本語教育に力が入れられ、日本語ブームが起きた」と元北朝鮮外交官の高英煥(50)。
しかし日朝交渉は、日本側が大韓航空機爆破事件の北朝鮮工作員の教育係「李恩恵」について照会し、米国と歩調を合わせ核疑惑解消を迫ったことに北朝鮮側が反発。92年11月に決裂した。
「やはり米国だ。米国との問題をすべて解決しないうちは、日本との問題も解決できない」
米国を交渉相手に据えた金日成。北朝鮮は「瀬戸際外交」に動く。=敬称略
【編注】キム・イルソン▽コ・ヨンファン▽リ・ウネ
これは メッセージ 95569 (sofiansky2003 さん)への返信です.
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