もっと圧力が必要−平壌宣言の行方③
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/10/25 22:39 投稿番号: [90886 / 232612]
◎ひつぎに孫の写真忍ばせ:蓮池さん妻から姉の消息
北朝鮮拉致被害者の蓮池薫さん(45)の妻祐木子さん(47)は8月、孫の顔を見ることなく息を引き取った母シズエさん(73)のひつぎに、子供2人の写真を忍ばせた。「2人に会えなかったから」と祐木子さん。「墓前に早く子供を立たせるのが最後の親孝行と思っている」という。
昨年9月の日朝首脳会談で、拉致被害者5人の生存が確認され、8人の「死亡」が伝えられた。5人は24年ぶりに帰国したが、北朝鮮に残してきた子供たちとの再会への道筋はいまだに見えてこない。8人の家族も納得のいく情報を手にできないでいる。
運命を変えた日から、もうすぐ1年。それぞれの思いを追った。
一緒に拉致された母ミヨシさん=失跡当時(46)=が消息不明のままの曽我ひとみさん(44)。離れ離れになった娘からの便りが心の支えになっている。「何よりの宝物」という手紙が1月から3月まで毎月届いた。
5月の自分の誕生日に手紙が届かず「娘が誕生日を忘れるわけがない」と一時、不安を募らせたことも。7月に非政府組織(NGO)事務局長が持ち帰った娘の写真を見て「少し髪が伸びた」と目を細めた。
地村保志さん(48)と富貴恵さん(48)夫妻は、6カ国協議や日朝協議に子供の帰国の期待をかけた。しかし進展はなく「もう早期帰国という言葉も使えない」と保志さんは漏らした。
「招待所の裏山で、るみちゃんが泣きじゃくっていた」。昨年12月、新潟市内のホテルで、増元るみ子さん=同(24)=の弟照明さん(47)は、蓮池祐木子さんから北朝鮮での姉の生活ぶりを初めて聞いた。
拉致直後の1978年から約1年間、るみ子さんは平壌近くの招待所で祐木子さんと一緒に暮らした。朝鮮語が上手で歌も覚え、祐木子さんと卓球を楽しんだという。
増元さんは「疑問だらけの北朝鮮側の死亡報告書を見せられていただけに、姉の消息を肌身で実感した時だった。つらかった」と振り返る。
松木薫さん=同(26)=の弟信宏さん(30)は昨年11月、日本政府の調査団が北朝鮮から持ち帰った遺骨が別人という鑑定結果を知らされ一転、生きていると確信した。
7月には松木さんが消息を絶ったスペインのマドリードに初めて足を運び滞在先を確認した。故郷の熊本県で息子の消息を待つ母(82)は入院中。信宏さんは「生きているうちに兄と会わせるのが悲願」と話す。(end)(共同)
これは メッセージ 90884 (sofiansky2003 さん)への返信です.
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