小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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なぜこの人は沖縄にこだわるのか?

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2003/10/09 22:54 投稿番号: [89642 / 232612]
【東京】元官房長官(元沖縄開発庁長官)で政府の沖縄政策に大きな影響力を保ってきた野中広務衆院議員(元自民党幹事長)は8日、琉球新報社のインタビューに応じた。政界引退を表明している同氏は、官房長官時の沖縄サミット開催決定の舞台裏を説明。「事前にフォーリー駐日米大使に沖縄開催を打診し、(決定前日の1999年4月)28日にいったんはノー(の返事)が返ってきた。だが大使が米国に帰り、もう1度クリントン大統領(当時)に話してみるとのことだったので、(返事を待つため)小渕(恵三元首相)さんと私は首相の執務室で2人で徹夜した。未明にようやく(米側から)OKが出た」と明かした。

◇野中広務氏インタビュー(詳報)
  -ことし7月のイラク特措法の採決で起立方式の採決に反対して棄権し、1997年の軍用地特措法改正案の委員長報告でも「大政翼賛会のようにならないようにお願いしたい」と発言している。戦争を体験した世代として基地問題に臨む姿勢、解決策の在り方をどう考えるか。

「政界引退を決断し、いくつか心に残ることがある。わが国が再び歴史の歯車を逆に回して不幸な第2次世界大戦以前の日本にひた走りに走っていくのではないかという怖さを覚える。62年以来沖縄にかかわり、沖縄の長い歴史の痛みや犠牲を共有しながら、政治の場で沖縄の問題を少しでも癒やすことができればと思ってやってきた。小渕さん(恵三元首相)は沖縄サミットを決定し、万国津梁館の竣(しゅん)工を見ることもなく亡くなったが、サミットで大きな飛躍の道をたどることができたのかな-と思う。末席で手伝いができたことをうれしく思う」
 
「しかし、今日の状況は厳しい。今、真剣に沖縄のことを考え、沖縄の大変な犠牲と痛みと重圧を、自分のことのように考える政治家がいなくなったのではないかと思う。非常に不安を感じる。橋本(龍太郎)元首相をはじめ、沖縄にかかわった皆さんが県民の期待に応えるよう頑張ってほしい」

◆普天間移設
  -普天間飛行場移設の決定過程は。
  「普天間の移転は橋本首相の下で決断された。移転はありがたいことだが、代替地を造らなければならなくなった。名護市で住民投票に負け、比嘉(鉄也)名護市長が引退し岸本(建男)市長が生まれ、辺野古での受け入れがようやく了解点に達してきた。そんな時に、下地(幹郎)代議士が突然、嘉手納への統合を言い出し、そういう歩みに水を差したことを残念に思う。嘉手納統合については、米軍が海兵隊と空軍を一緒にするわけにはいかないということで、辺野古への移転になった経過がある」
 
-稲嶺恵一知事は代替施設を名護市に移設する条件として15年の使用期限を設定するよう求めている。知事の言う通り実現できるのか。
 
「15年問題は受け入れに際しての知事としての強い表明である。政府はきちっと受けて、米国と協議しなければいけない。工事が15年かかるとすると、あと30年の話だ。軍民共用の飛行場として建設したものを北部の振興のために一定の年限を限ってほしいと言う知事の気持ちは痛いほど分かる。北東アジアをはじめとする世界の政治情勢がどう変わるか、今から予見することはできないが、日本政府としては知事の15年という発言に誠意をもって対応すべきだ」
 
-誠意をもって対応するという意味は、政府が15年の使用期限設定を米国に要求すべきだということか。
  「要求すべきだ」
  -今のところ、政府はただ知事の意向を伝えているだけだが…。
  「政府はきちっとやるべきだ」
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