続編
投稿者: t2daiisuki48 投稿日時: 2003/09/07 23:29 投稿番号: [85707 / 232612]
「石橋は戦前、日本が持っていた満蒙権益はもちろん、全植民地を放棄すべきだ、ということをある時期主張しました。これは当時、満蒙は日本の生命線だと考えていた日本人の感覚からは考えられないことです。石橋は実際に植民地からどれほど経済的利益を得ているのか、という観点から算盤勘定をしたのです。彼には「まず功利主義者たれ」という論文があるように、植民地所有は道徳的に悪だから放棄しようというのではなく、日本の国益を徹底的に追求する立場から権益放棄を主張したのです。
石橋の計算の結果では、当時、日本が持っていた植民地はすべて持ち出しでした。日本は植民地から決して経済的利益を引き出していない。しかも満州を維持するためにアメリカと対立することになる。アメリカは戦前も日本の最大の貿易相手国でしたから、何の利益にもなっていない植民地を維持するために、アメリカと対決することは算盤勘定にあわないということになります。
従って、日本は植民地を維持することによってアメリカと対立するのであれば、植民地を放棄して、自由貿易で生きる方針をとるべきだ。日本が率先して植民地を放棄すれば、西欧諸国は大いに困るだろう、という論説を石橋湛山は展開していました。こうした石橋のような大胆な発想がなぜ、当時、主流にならなかったのだろうかと私は考えるのです。
しかし、石橋のウィーク・ポイントは安全保障という問題が視野から抜け落ちていることです。最近の石橋湛山研究もこの点が盲点になっています。確かに石橋の問題定義は素晴らしいのですが、安全保障という観点から見て本当にそれが出来たのかという問題は検討の余地があります。
もう一つ、アメリカが本当に日本に自由貿易を許す体制を作ったかということが、まったく別の問題としてあります。事実はそうはならなかった。一九三〇年代に恐慌が始まると、アメリカは高い関税で日本商品を世界市場から締め出すということをやったのです。それによって、日本は追い詰められ、戦争に突入したという側面があります。」
(P135〜137)
では、そういう事態になっていたらどうだったか。子どもが言う「犯罪者を先頭に立てた」というのも、歴史的事実なんです。ソ連は満州を攻めてくるときに、犯罪者だけで構成した部隊を先頭にもってきた。政治犯ではありません。監獄から出てきた凶悪な刑事犯を集めた部隊があって、彼らにやりたい放題の略奪・強姦をあえてさせたのです。ひとしきり好きなだけやらせておいて、その後から、今度は憲兵隊のような正規な部隊が来て、先頭の連中を取り締まって銃殺していくわけです。そういう非常に卑劣なやり方をスターリンは平気でやったのです。そのことはディベートをしていた子どもたちも初めて知って大変驚いていました。
(P142〜143)
「日清戦争前の日本の軍事費の規模は、対GNP比で二・一パーセントに過ぎないというのです。戦後、一九五五年頃の日本の軍事費の対GNP比は二・七パーセントです。戦後の平和憲法下の時代よりも、明治時代の軍事費の比重が小さい。明治時代が「富国強兵」の時代であり、軍事大国をめざした時代であったというイメージは、本当は間違いなのです。」
(P151〜P152)
石橋の計算の結果では、当時、日本が持っていた植民地はすべて持ち出しでした。日本は植民地から決して経済的利益を引き出していない。しかも満州を維持するためにアメリカと対立することになる。アメリカは戦前も日本の最大の貿易相手国でしたから、何の利益にもなっていない植民地を維持するために、アメリカと対決することは算盤勘定にあわないということになります。
従って、日本は植民地を維持することによってアメリカと対立するのであれば、植民地を放棄して、自由貿易で生きる方針をとるべきだ。日本が率先して植民地を放棄すれば、西欧諸国は大いに困るだろう、という論説を石橋湛山は展開していました。こうした石橋のような大胆な発想がなぜ、当時、主流にならなかったのだろうかと私は考えるのです。
しかし、石橋のウィーク・ポイントは安全保障という問題が視野から抜け落ちていることです。最近の石橋湛山研究もこの点が盲点になっています。確かに石橋の問題定義は素晴らしいのですが、安全保障という観点から見て本当にそれが出来たのかという問題は検討の余地があります。
もう一つ、アメリカが本当に日本に自由貿易を許す体制を作ったかということが、まったく別の問題としてあります。事実はそうはならなかった。一九三〇年代に恐慌が始まると、アメリカは高い関税で日本商品を世界市場から締め出すということをやったのです。それによって、日本は追い詰められ、戦争に突入したという側面があります。」
(P135〜137)
では、そういう事態になっていたらどうだったか。子どもが言う「犯罪者を先頭に立てた」というのも、歴史的事実なんです。ソ連は満州を攻めてくるときに、犯罪者だけで構成した部隊を先頭にもってきた。政治犯ではありません。監獄から出てきた凶悪な刑事犯を集めた部隊があって、彼らにやりたい放題の略奪・強姦をあえてさせたのです。ひとしきり好きなだけやらせておいて、その後から、今度は憲兵隊のような正規な部隊が来て、先頭の連中を取り締まって銃殺していくわけです。そういう非常に卑劣なやり方をスターリンは平気でやったのです。そのことはディベートをしていた子どもたちも初めて知って大変驚いていました。
(P142〜143)
「日清戦争前の日本の軍事費の規模は、対GNP比で二・一パーセントに過ぎないというのです。戦後、一九五五年頃の日本の軍事費の対GNP比は二・七パーセントです。戦後の平和憲法下の時代よりも、明治時代の軍事費の比重が小さい。明治時代が「富国強兵」の時代であり、軍事大国をめざした時代であったというイメージは、本当は間違いなのです。」
(P151〜P152)
これは メッセージ 85705 (t2daiisuki48 さん)への返信です.