これは人事ではない
投稿者: sitteirukedo 投稿日時: 2003/08/30 05:03 投稿番号: [84437 / 232612]
日本にも同じ事が言えるだろう。
【コラム】体制競争はまだ終わっていない
ここ数年の間、韓国社会で起きた最も大きな変化の一つは、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対する認識の変化だろう。
もはや、北朝鮮に対して柔軟な態度が好評を受け、原則的な問題を提起すれば、すぐに守旧・冷戦と非難されてしまう。大統領が北朝鮮に人共旗(北朝鮮の国旗)の焼却を事実上謝罪したことに対し、「よくやった」という世論がより多いということは、わずか数年前までも想像もできなかったことだった。
これには、南北首脳会談とテレビ放送が最も大きな影響を及ぼしたはずだ。しかし、このような変化は、「北朝鮮はこれ以上私たちにとって脅威ではない」という広範囲な認識が土台になっている。
燃料不足で軍事訓練さえ上手く行えず、数十万人が餓え死にし、脱北者が後を絶たないという。そのような相手を脅威と感じる人はそう多くないのが事実だろう。
国民が脅威を感じる対象から、北朝鮮は徐々に後回しされ、その空白を北朝鮮に対する“余裕”が埋め尽くした。この余裕は北朝鮮体制に対する“理解”として表れることもあれば、時には南北間の緊張に対する飽きや疲労感の形で表れることもある。
私たちが持つようになったこの余裕と疲労感が、今後、南北関係と韓半島の運命にどのような結果をもたらすかは分からない。
ただ、体制間の競争はその特性上、今南北間の様相のように、どちらが豊かで、どちらが貧しいのか、また、どちらが民主的で、どちらが独裁なのか、どちらに人権があって、どちらにないのかといった変数だけで決定されるのではないという事実だけは、念頭に置くべきだ。
紀元前5世紀ごろ、アテネは民主政治を花咲かせた世界の中心だった。貿易を基にした経済も発展した。その全盛期に軍国主義のスパルタとの戦争が勃発した。
経済、政治、文化的な面において圧倒的で、人口もはるかに多かったアテネは、しかし、人間を戦争機械として養成した兵営国家、スパルタによって敗亡してしまった。
アテネ政府はスパルタ式の寡頭制に変わり、ギリシャ半島の繁栄も衰亡してしまった。
アテネとスパルタ間の体制競争がこのような結果をもたらしたのには、多くの変数が作用したはずだ。今の南北の情況がそれと同じだとは言えない。しかし、民主主義と人権、経済がアテネを守ってはくれなかったという歴史的事実が与える教訓は確かにある。
過去50年間、韓国は規模と内容の面において、北朝鮮をはるかにリードしている。しかし、北朝鮮政権が持ち得る決定的カードが、まだ消えたわけではない。北朝鮮は自ら認めている通り、戦争の準備だけに励んできたのだ。
このような情況で、「もし、韓米同盟が揺らぐとすれば?」といった質問に、「それでも私たちはまったく問題ない」と自信持って言えるだろうか。その余波が株式市場と為替市場にも徐々に押し寄せ、社会的動揺と分裂が起きる時も、「体制競争は終わった」と言い切れるのかというのだ。
北朝鮮が核兵器を実際に保有するようになるその瞬間にも、南北間の体制競争は事実上振り出しに戻り、完全に新しい図式が成立するはずだ。米国と北朝鮮の交渉が最終的には核の放棄と在韓米軍の撤退を相互交換することで終了するとなれば、またどうなるだろうか。「まさか…」がその答えにはならないはずだ。
今、在韓米軍の撤退可能性は、韓国大統領が言及いる。この勢いだと、米国に対する否定的な認識は日増しに拡大するはずだ。放射性廃棄物処理場はみんなが忌避しながら、それには比べ物にならないほど、さらに危険な北朝鮮核兵器については、まるで他人事のように考えるのが今の韓国社会の雰囲気だ。
私たちが北朝鮮体制を現実として認識するほかないのも事実だ。理解し寛容することも必要だ。しかし、決して、その体制下で暮らすことはできない。そしていつかは北朝鮮同胞も民主主義と人権、経済の恵沢を受けて暮らせるようにしなければならない。
そうするためには、南北間の体制競争は避けられない。この競争は韓半島が統一する時こそ、ようやく終了することになる。私たちはまだその過程にあるだけだ。南北間の体制競争はまだ終わっていない。
ヤン・サンフン論説委員
【コラム】体制競争はまだ終わっていない
ここ数年の間、韓国社会で起きた最も大きな変化の一つは、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対する認識の変化だろう。
もはや、北朝鮮に対して柔軟な態度が好評を受け、原則的な問題を提起すれば、すぐに守旧・冷戦と非難されてしまう。大統領が北朝鮮に人共旗(北朝鮮の国旗)の焼却を事実上謝罪したことに対し、「よくやった」という世論がより多いということは、わずか数年前までも想像もできなかったことだった。
これには、南北首脳会談とテレビ放送が最も大きな影響を及ぼしたはずだ。しかし、このような変化は、「北朝鮮はこれ以上私たちにとって脅威ではない」という広範囲な認識が土台になっている。
燃料不足で軍事訓練さえ上手く行えず、数十万人が餓え死にし、脱北者が後を絶たないという。そのような相手を脅威と感じる人はそう多くないのが事実だろう。
国民が脅威を感じる対象から、北朝鮮は徐々に後回しされ、その空白を北朝鮮に対する“余裕”が埋め尽くした。この余裕は北朝鮮体制に対する“理解”として表れることもあれば、時には南北間の緊張に対する飽きや疲労感の形で表れることもある。
私たちが持つようになったこの余裕と疲労感が、今後、南北関係と韓半島の運命にどのような結果をもたらすかは分からない。
ただ、体制間の競争はその特性上、今南北間の様相のように、どちらが豊かで、どちらが貧しいのか、また、どちらが民主的で、どちらが独裁なのか、どちらに人権があって、どちらにないのかといった変数だけで決定されるのではないという事実だけは、念頭に置くべきだ。
紀元前5世紀ごろ、アテネは民主政治を花咲かせた世界の中心だった。貿易を基にした経済も発展した。その全盛期に軍国主義のスパルタとの戦争が勃発した。
経済、政治、文化的な面において圧倒的で、人口もはるかに多かったアテネは、しかし、人間を戦争機械として養成した兵営国家、スパルタによって敗亡してしまった。
アテネ政府はスパルタ式の寡頭制に変わり、ギリシャ半島の繁栄も衰亡してしまった。
アテネとスパルタ間の体制競争がこのような結果をもたらしたのには、多くの変数が作用したはずだ。今の南北の情況がそれと同じだとは言えない。しかし、民主主義と人権、経済がアテネを守ってはくれなかったという歴史的事実が与える教訓は確かにある。
過去50年間、韓国は規模と内容の面において、北朝鮮をはるかにリードしている。しかし、北朝鮮政権が持ち得る決定的カードが、まだ消えたわけではない。北朝鮮は自ら認めている通り、戦争の準備だけに励んできたのだ。
このような情況で、「もし、韓米同盟が揺らぐとすれば?」といった質問に、「それでも私たちはまったく問題ない」と自信持って言えるだろうか。その余波が株式市場と為替市場にも徐々に押し寄せ、社会的動揺と分裂が起きる時も、「体制競争は終わった」と言い切れるのかというのだ。
北朝鮮が核兵器を実際に保有するようになるその瞬間にも、南北間の体制競争は事実上振り出しに戻り、完全に新しい図式が成立するはずだ。米国と北朝鮮の交渉が最終的には核の放棄と在韓米軍の撤退を相互交換することで終了するとなれば、またどうなるだろうか。「まさか…」がその答えにはならないはずだ。
今、在韓米軍の撤退可能性は、韓国大統領が言及いる。この勢いだと、米国に対する否定的な認識は日増しに拡大するはずだ。放射性廃棄物処理場はみんなが忌避しながら、それには比べ物にならないほど、さらに危険な北朝鮮核兵器については、まるで他人事のように考えるのが今の韓国社会の雰囲気だ。
私たちが北朝鮮体制を現実として認識するほかないのも事実だ。理解し寛容することも必要だ。しかし、決して、その体制下で暮らすことはできない。そしていつかは北朝鮮同胞も民主主義と人権、経済の恵沢を受けて暮らせるようにしなければならない。
そうするためには、南北間の体制競争は避けられない。この競争は韓半島が統一する時こそ、ようやく終了することになる。私たちはまだその過程にあるだけだ。南北間の体制競争はまだ終わっていない。
ヤン・サンフン論説委員
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.