>>六カ国協議とミュンヘン会議②
投稿者: masa4618 投稿日時: 2003/08/11 00:02 投稿番号: [82240 / 232612]
◆関係略歴◆
1938年
9月14日 イギリス政府、ドイツ政府に平和的解決のための緊急会談を申し入れるため、チェンバレン英首相、ミュンヘンへ。ちなみにチェンバレン英首相、生まれて初めて飛行機に乗る。
9月15日
午後12時30分 チェンバレン英首相、ミュンヘン到着。
ヒトラーとチェンバレンの会談でチェンバレンはチェコスロヴァキアからズデーテン地方を分離することに同意し、イギリス帰国後閣議でも同意を取り付ける。
9月18日 イギリスとフランス両政府首脳はロンドンで会談し、いかなる代償を払っても戦争を避け、チェコスロヴァキアに「ズデーテン地方をドイツに割譲」という英仏共同提案を受諾させることを話し合った。
9月19日 ベネシュ・チェコスロヴァキア大統領、英仏共同提案を拒否。
9月20日 クロフタ・チェコスロヴァキア外相、英仏共同提案を拒否。ベネシュ大統領はソ連公使にソ連の意向を打診するが、満足いく協力を得ることができなかった。
9月21日深夜 就寝中のベネシュ大統領、英仏両国公使の訪問を受け、英仏提案受諾を強要される。
9月22日 ハンガリーとポーランド両国、チェコスロヴァキア政府にそれぞれ自国人が居住する地域の割譲を要求。
チェコスロヴァキアのホッジャ内閣辞職。
9月24日 ドイツ政府はチェコスロヴァキア政府に対しズデーテン地方の割譲を要求。
フランス、軍動員令を発する。
9月25〜26日 イギリスとフランスは会談し、「フランスがチェコスロヴァキアとの条約義務で対独戦開始の場合、イギリスはフランスを支援する。」ことを確認。
9月26日 チェコスロヴァキア、国民総動員令を発する。
イギリス、外務省が明確に参戦の意思を表明。
ルーズベルト米大統領、「直接利害のある国家は会談をすべき」と発表。
9月27日 イギリス、軍動員令を発し、学童疎開なども始める。
ユーゴスラヴィアとルーマニアはハンガリーに対し「チェコスロヴァキアを攻撃した場合、両国は軍事行動に出る」と警告を発する。
イタリア、国境に軍隊を移動開始。
9月29日
12時45分 ミュンヘン会議開始。
9月30日
午前1時30分 ミュンヘン会議終了。4ヶ国によってミュンヘン協定が成立し、8項目からなる協定書、付属協定、3つの付属宣言が1938年9月29日付けで署名された。
9月30日
午前2時15分 チェンバレン英首相、隣室で待っていたチェコスロヴァキア代表に結果を報告。代表は落涙。
9月30日
正午頃 チェンバレン英首相、ヒトラーの私邸を訪ね、ドイツ・イギリス共同の不可侵宣言を発表し「平和確保のためのドイツ・イギリス関係の維持」との共同声明を発表。
9月30日 チェコスロヴァキア新首相シロヴィー、ミュンヘン協定を受諾。
10月1日 ドイツ軍、ズデーテン地方に進軍。
1939年
3月15日〜16日 ドイツ軍、チェコに武力進駐。
5月16日 ベーメン・メーレン地方はドイツ保護領。
9月1日 ベーメン・メーレン地方、ドイツに併合され、チェコスロヴァキアは地図から消滅。
http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/ww2/yougo/muenchencong.html
1938年
9月14日 イギリス政府、ドイツ政府に平和的解決のための緊急会談を申し入れるため、チェンバレン英首相、ミュンヘンへ。ちなみにチェンバレン英首相、生まれて初めて飛行機に乗る。
9月15日
午後12時30分 チェンバレン英首相、ミュンヘン到着。
ヒトラーとチェンバレンの会談でチェンバレンはチェコスロヴァキアからズデーテン地方を分離することに同意し、イギリス帰国後閣議でも同意を取り付ける。
9月18日 イギリスとフランス両政府首脳はロンドンで会談し、いかなる代償を払っても戦争を避け、チェコスロヴァキアに「ズデーテン地方をドイツに割譲」という英仏共同提案を受諾させることを話し合った。
9月19日 ベネシュ・チェコスロヴァキア大統領、英仏共同提案を拒否。
9月20日 クロフタ・チェコスロヴァキア外相、英仏共同提案を拒否。ベネシュ大統領はソ連公使にソ連の意向を打診するが、満足いく協力を得ることができなかった。
9月21日深夜 就寝中のベネシュ大統領、英仏両国公使の訪問を受け、英仏提案受諾を強要される。
9月22日 ハンガリーとポーランド両国、チェコスロヴァキア政府にそれぞれ自国人が居住する地域の割譲を要求。
チェコスロヴァキアのホッジャ内閣辞職。
9月24日 ドイツ政府はチェコスロヴァキア政府に対しズデーテン地方の割譲を要求。
フランス、軍動員令を発する。
9月25〜26日 イギリスとフランスは会談し、「フランスがチェコスロヴァキアとの条約義務で対独戦開始の場合、イギリスはフランスを支援する。」ことを確認。
9月26日 チェコスロヴァキア、国民総動員令を発する。
イギリス、外務省が明確に参戦の意思を表明。
ルーズベルト米大統領、「直接利害のある国家は会談をすべき」と発表。
9月27日 イギリス、軍動員令を発し、学童疎開なども始める。
ユーゴスラヴィアとルーマニアはハンガリーに対し「チェコスロヴァキアを攻撃した場合、両国は軍事行動に出る」と警告を発する。
イタリア、国境に軍隊を移動開始。
9月29日
12時45分 ミュンヘン会議開始。
9月30日
午前1時30分 ミュンヘン会議終了。4ヶ国によってミュンヘン協定が成立し、8項目からなる協定書、付属協定、3つの付属宣言が1938年9月29日付けで署名された。
9月30日
午前2時15分 チェンバレン英首相、隣室で待っていたチェコスロヴァキア代表に結果を報告。代表は落涙。
9月30日
正午頃 チェンバレン英首相、ヒトラーの私邸を訪ね、ドイツ・イギリス共同の不可侵宣言を発表し「平和確保のためのドイツ・イギリス関係の維持」との共同声明を発表。
9月30日 チェコスロヴァキア新首相シロヴィー、ミュンヘン協定を受諾。
10月1日 ドイツ軍、ズデーテン地方に進軍。
1939年
3月15日〜16日 ドイツ軍、チェコに武力進駐。
5月16日 ベーメン・メーレン地方はドイツ保護領。
9月1日 ベーメン・メーレン地方、ドイツに併合され、チェコスロヴァキアは地図から消滅。
http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/ww2/yougo/muenchencong.html
これは メッセージ 82239 (masa4618 さん)への返信です.