米、94年韓国に通告なしで対北攻撃を検討
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2003/07/15 21:20 投稿番号: [78351 / 232612]
「米、94年韓国に通告なしで対北攻撃を検討」<朝鮮日報 7月15日>
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は1993〜94年の1回目の北朝鮮核危機当時、韓国大統領府に「韓国を火の海にする」などといった脅迫のメッセージを送ってきていたことが分った。
当時、大統領府の秘書室長を務め、北朝鮮核問題を直接扱っていた朴𥶡用(パク・グァンヨン)国会議長は15日に出版する自伝エッセー『私の人生、私の夢、そして統一』で、当時北朝鮮から送られた脅迫のメッセージを次のように紹介した。
「われわれは韓国戦争当時、制空権を失い、火の海と化してしまった。戦争が勃発しても、われわれが空軍でもって米国を制圧する術はなく、カネも、燃料もない。われわれは戦車で突進する力も、銃弾もない。しかし、われわれはこれまで数え切れないほどの長距離砲と多連装ロケットを生産した。長距離ミサイルは開発中だ」
「韓国が侵攻するか、米軍がわれわれに手をつければ一斉にしてわれわれの保有している砲を発射する。韓国の地の1平方キロメートルあたり2〜3発ずつは落ちるだろう。韓国は火の海と化するはずだ。われわれは地下のトンネルに潜る。韓国が全部壊れた後、われわれを押し倒したとして、誰が勝った戦争だと言えるだろう」
朴議長はしかし、当時、誰が、どのようなルートから、どのような形でもって脅迫のメッセージを送ってきたかについては明らかにしなかった。
また、「1998年9月、ワシントンを訪問し、1994年当時、ホワイトハウスの国家安保会議のメンバーだったダニエル・ポネマン元米国家安全保障会議核不拡散担当上級部長と会い、ものすごい話を聞いた」とし、その内容も一緒に紹介した。
ポネマン元部長は朴議長に「当時、米国は韓国への通告や武力の集中、駐在民の避難など、一連の事前措置が北朝鮮に先制攻撃の正当性の根拠を提供する可能性があると判断、現時点で直ちに攻撃しようとした」と説明したという。
朴議長は同書で「当時、驚愕を越え、『私たちの運命がこのように決定されていたのか』と虚脱感に陥った」とした。
また、94年10月に妥結した米朝枠組み合意は「米国の便宜主義と北朝鮮の偽善が作り出した奇妙な妥協案だった」と述べた。
朴議長は「本当に北朝鮮がエネルギー不足を解消しようとしたなら、火力発電所の建設を要請するべきだった」とし、「にも関わらず、北朝鮮は核兵器開発に対する未練のため、建設に10年以上もかかる軽水炉を作ってくれと、偽善の要求をした」と述べた。
また、「米国側が『軽水炉は黒鉛減速炉よりプルトニウムの抽出が難しい』としたため、軽水炉案を受け入れたが、後で米国の学者らは『軽水炉が黒鉛減速炉に勝るほど、大量のプルトニウムを抽出することができる』とした」とし、「後にロバート・ガルーチ元北朝鮮核問題担当大使に聞いたところ、『私は知らなかった。北朝鮮との核凍結に合意する状況だったため、他の部分には神経を使えなかった』とはぐらかした」と述べた。
朴議長は「当時、軽水炉事業の終了時期を2003年と予想していたが、ガルーチ元大使は『その時まで北朝鮮という体制が残っているだろうか』と話した」とし、「韓国も米国も、北朝鮮がすぐにも崩壊するだろうという幻想を抱いていたようだ」と付け加えた。
また、「このような技術的な問題を全部知っていながらも北朝鮮と合意した」とし、「米国が大統領選を意識し、隙間だらけの米朝枠組み合意をしたと、ガルーチ元大使自ら認めている」と述べた。
李鍾遠(イ・ジョンウォン)記者
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/07/15/20030715000003.html
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以前の読売新聞では、
金泳三大統領に、突然クリントン大統領から北を爆撃するとの協議・通告があり、
金大統領は、ソウルを火の海にされては、断った。
それでKEDO体制に流れていったと。
これが真実とすると、話は合うが、それでもこのときから、
もしかすると、この瞬間から現在まで韓国民は、
北朝鮮の脅迫病(マンドコントロール)に取り憑かれているというべきか。
朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は1993〜94年の1回目の北朝鮮核危機当時、韓国大統領府に「韓国を火の海にする」などといった脅迫のメッセージを送ってきていたことが分った。
当時、大統領府の秘書室長を務め、北朝鮮核問題を直接扱っていた朴𥶡用(パク・グァンヨン)国会議長は15日に出版する自伝エッセー『私の人生、私の夢、そして統一』で、当時北朝鮮から送られた脅迫のメッセージを次のように紹介した。
「われわれは韓国戦争当時、制空権を失い、火の海と化してしまった。戦争が勃発しても、われわれが空軍でもって米国を制圧する術はなく、カネも、燃料もない。われわれは戦車で突進する力も、銃弾もない。しかし、われわれはこれまで数え切れないほどの長距離砲と多連装ロケットを生産した。長距離ミサイルは開発中だ」
「韓国が侵攻するか、米軍がわれわれに手をつければ一斉にしてわれわれの保有している砲を発射する。韓国の地の1平方キロメートルあたり2〜3発ずつは落ちるだろう。韓国は火の海と化するはずだ。われわれは地下のトンネルに潜る。韓国が全部壊れた後、われわれを押し倒したとして、誰が勝った戦争だと言えるだろう」
朴議長はしかし、当時、誰が、どのようなルートから、どのような形でもって脅迫のメッセージを送ってきたかについては明らかにしなかった。
また、「1998年9月、ワシントンを訪問し、1994年当時、ホワイトハウスの国家安保会議のメンバーだったダニエル・ポネマン元米国家安全保障会議核不拡散担当上級部長と会い、ものすごい話を聞いた」とし、その内容も一緒に紹介した。
ポネマン元部長は朴議長に「当時、米国は韓国への通告や武力の集中、駐在民の避難など、一連の事前措置が北朝鮮に先制攻撃の正当性の根拠を提供する可能性があると判断、現時点で直ちに攻撃しようとした」と説明したという。
朴議長は同書で「当時、驚愕を越え、『私たちの運命がこのように決定されていたのか』と虚脱感に陥った」とした。
また、94年10月に妥結した米朝枠組み合意は「米国の便宜主義と北朝鮮の偽善が作り出した奇妙な妥協案だった」と述べた。
朴議長は「本当に北朝鮮がエネルギー不足を解消しようとしたなら、火力発電所の建設を要請するべきだった」とし、「にも関わらず、北朝鮮は核兵器開発に対する未練のため、建設に10年以上もかかる軽水炉を作ってくれと、偽善の要求をした」と述べた。
また、「米国側が『軽水炉は黒鉛減速炉よりプルトニウムの抽出が難しい』としたため、軽水炉案を受け入れたが、後で米国の学者らは『軽水炉が黒鉛減速炉に勝るほど、大量のプルトニウムを抽出することができる』とした」とし、「後にロバート・ガルーチ元北朝鮮核問題担当大使に聞いたところ、『私は知らなかった。北朝鮮との核凍結に合意する状況だったため、他の部分には神経を使えなかった』とはぐらかした」と述べた。
朴議長は「当時、軽水炉事業の終了時期を2003年と予想していたが、ガルーチ元大使は『その時まで北朝鮮という体制が残っているだろうか』と話した」とし、「韓国も米国も、北朝鮮がすぐにも崩壊するだろうという幻想を抱いていたようだ」と付け加えた。
また、「このような技術的な問題を全部知っていながらも北朝鮮と合意した」とし、「米国が大統領選を意識し、隙間だらけの米朝枠組み合意をしたと、ガルーチ元大使自ら認めている」と述べた。
李鍾遠(イ・ジョンウォン)記者
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2003/07/15/20030715000003.html
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以前の読売新聞では、
金泳三大統領に、突然クリントン大統領から北を爆撃するとの協議・通告があり、
金大統領は、ソウルを火の海にされては、断った。
それでKEDO体制に流れていったと。
これが真実とすると、話は合うが、それでもこのときから、
もしかすると、この瞬間から現在まで韓国民は、
北朝鮮の脅迫病(マンドコントロール)に取り憑かれているというべきか。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.