>sprechen200004さん> KAL機(1)
投稿者: yayoijin_matsuei 投稿日時: 2003/06/22 19:55 投稿番号: [75266 / 232612]
「超遅!(横)レス」ですが、一応参考として。
1.「捜索自体も不明地点とは全然違う場所を捜索していた」(# 73977)
「最終交信地点のトリスからだと700km、通過していないアーディスからでも400km離れているタイビルマ国境の密林地域を捜索し、何も発見できず捜索を終了しています。真っ先にアンダマン海を捜索していれば、死体や残骸、ブラックボックスも発見できたかもしれません。」 (74106)
「その後大韓航空の会長が現地指揮をとり韓国の捜索隊が事件後1週間もたった12月6日までタイの密林を捜索しました。海に墜落したのは明らかなのにこの行動は不思議としか思えません。」 ( 74644)
次の点を指摘したいです。
①先ず、最終交信地点は、日本政府の公式答弁書(1988/6/28)では、アーディス(URDIS)となっている訳ですよね。最終交信地点がトリスだという「説」は、ある本(仮にA-BOOKとしましょう。)の著者がタイ内の取材での相手の担当者の答えが根拠となっている。果たして、その本の著者の取材が優先するものかどうか?
なお、アーディスはラングーン(ヤンゴン)の管制区内ですから、タイの担当者の答えは間接的なものでしかない。
②1988年10月発刊の別の本(仮にB-BOOKとしよう)(やはりこの事件は北の工作員の犯行とする説を強く批判する内容であるが)の中では、著者は、自分の推測として「858便は海上よりも、ビルマかタイの奥深いジャングルの中に墜落した可能性が強い」と主張しています。
だから、「真っ先にアンダマン海を捜索していれば」というのは、事故当初は、色んな情報があり分からなかったし(陸地の方が有力との見方もあったが)、結果を見てから「後だし」で「海を先に捜索していれば」という言い分に過ぎないのではないでしょうか。色んな情報で振り回されたというのが当時の実状ではなかったかと。また、ミャンマー(ビルマ)というかなり鎖国的状況の国の管内で発生したという事情も(初動捜索に)困難な要因の一つであったとも思います。)
これは メッセージ 74644 (sprechen200004 さん)への返信です.
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