Re>伝家の宝刀
投稿者: east_jungle3 投稿日時: 2003/04/05 06:43 投稿番号: [60737 / 232612]
>戦わずして勝つということは、戦いを放棄することでは決してありません。喧嘩を売られれば、買わなくてはならない。でなければ、国民の尊い命を惨めにも多数失うことになります。
↑
この地上が強盗&侵略者の無い天国であるなら、矛盾と欺瞞に満ちた反戦も個人の自由かと。
しかし、Kurd、Palestine、国を潰された民族がどれほど悲惨な境遇にあるか。
>国際法認められてる「自衛権」を堂々行使して、相手を殲滅する覚悟を持つことです。暗にその姿勢を、非軍事的な外交政策の中に「チラリ」と見せることも大切かと思います。
↑
国民も正当防衛の殺人が行使可能な精神力を持つ覚悟、または、訓練が必要だと思います。
軍隊(武器)を持つ事は殺人を容認する事であり、国民が生命、財産の存亡に遭遇した場合、この正当な殺人をその、国民の権利として、行使できる、強い精神力と正当性をいかに、60年間の歪んだ、洗脳から解き放つ事にあると思います。
ある資料日記によりますと、江戸末期、井伊直弼大老が桜田門外で、水戸&薩摩藩士に襲われた事件ですが、目撃者によると、刺客の藩士の顔は青ざめ、切りつける姿も腰が砕けて、全身が振るえ、迎え撃つ大老の護衛侍も長刀が袋に包まれていて、短刀を構える者もおり、お互いにらみ合うかと思えば、よろめく様に、空を切りつけるなど、武勇談とは程遠い暗殺劇だったそうです。
長い間、平和が続いた江戸時代ですから、武士も”死ぬを見たり”の精神が抜け落ちていたのでは、と思いました。
国民全員が新撰組、Spartaの様な徹底した武士=殺人を生業にする人、になれとは申しませんが、正当防衛を正当化できる権利&精神を持つ覚悟は必要と思います。
>あまり舐めると、「伝家の宝刀を抜くぞ」という気概は、われわれ日本国民が心の奥底に持っていても許される「自衛権」の範囲かと思います。それは、わけのわからないわが国を脅かす、独裁国家に対する十分な抑止力にもなるでしょうし、その姿勢を垣間見せていれば、あのような忌まわしい拉致事件もなかったことでしょう。
↑
世界には、Africa諸国の様に、大国の利権に翻弄され、意図的に戦争が引き起こされ、双方に武器が存在する不可思議。
無力の難民はただ逃げ惑うだけ。
国策を誤ると、一般の米国民やIraq国民が現実の姿です。
誰も、国民の生命が家畜より軽い国に飲み込まれたくはない。
日本国民も対岸の火事とは言い切れません。
真の主権在民とは個人がその責任を負い、個人=国家であり、左手で笑みを浮かべて握手、右手には銃を、が現実であると思います。
しかし、世界は個人の抑止力が確立されていない未熟な世界であり、やはり、国破れて山河あり、否、Babylon捕囚になりかねません。
拉致事件はTerrorism等と言う軽い話ではないと思います。
国家犯罪であり、無力な難民の様な保護された島民への、あわよくば、島ごと乗っ取ろうと思った強盗団の犯罪です。
将来、役払いの島、を保護者の米国が周辺国に売り渡すかも知れません。
現実をこれ位の視点に据えて、向こう60年間は国民の強い、”秘めた覚悟”が不可欠だと思います。
与党よりも性質の悪い、工作員汚染の日本国野党も官僚も、まともな日本人に覚醒して欲しいです。
集団的自衛権を持つためには、耳目を覆いたくなるような、殺人、殺生という正当防衛の権利を平和の権利と相似形に受け入れる覚悟が必要であり、西洋の狩猟民族同様に、農耕民族と同時に日本人には”またぎ”という狩人の血もまた、流れていると聞きます。
また、”一生懸命”という言葉は、鎌倉時代の武士がその命をかけて、自分達の所領を守るという意味だったそうです。
P.S
素晴らしい論文だと思いました。
↓
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&board=1143583&tid=beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da 4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y&sid=1143583&action=m&mid=60710&mid=
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この地上が強盗&侵略者の無い天国であるなら、矛盾と欺瞞に満ちた反戦も個人の自由かと。
しかし、Kurd、Palestine、国を潰された民族がどれほど悲惨な境遇にあるか。
>国際法認められてる「自衛権」を堂々行使して、相手を殲滅する覚悟を持つことです。暗にその姿勢を、非軍事的な外交政策の中に「チラリ」と見せることも大切かと思います。
↑
国民も正当防衛の殺人が行使可能な精神力を持つ覚悟、または、訓練が必要だと思います。
軍隊(武器)を持つ事は殺人を容認する事であり、国民が生命、財産の存亡に遭遇した場合、この正当な殺人をその、国民の権利として、行使できる、強い精神力と正当性をいかに、60年間の歪んだ、洗脳から解き放つ事にあると思います。
ある資料日記によりますと、江戸末期、井伊直弼大老が桜田門外で、水戸&薩摩藩士に襲われた事件ですが、目撃者によると、刺客の藩士の顔は青ざめ、切りつける姿も腰が砕けて、全身が振るえ、迎え撃つ大老の護衛侍も長刀が袋に包まれていて、短刀を構える者もおり、お互いにらみ合うかと思えば、よろめく様に、空を切りつけるなど、武勇談とは程遠い暗殺劇だったそうです。
長い間、平和が続いた江戸時代ですから、武士も”死ぬを見たり”の精神が抜け落ちていたのでは、と思いました。
国民全員が新撰組、Spartaの様な徹底した武士=殺人を生業にする人、になれとは申しませんが、正当防衛を正当化できる権利&精神を持つ覚悟は必要と思います。
>あまり舐めると、「伝家の宝刀を抜くぞ」という気概は、われわれ日本国民が心の奥底に持っていても許される「自衛権」の範囲かと思います。それは、わけのわからないわが国を脅かす、独裁国家に対する十分な抑止力にもなるでしょうし、その姿勢を垣間見せていれば、あのような忌まわしい拉致事件もなかったことでしょう。
↑
世界には、Africa諸国の様に、大国の利権に翻弄され、意図的に戦争が引き起こされ、双方に武器が存在する不可思議。
無力の難民はただ逃げ惑うだけ。
国策を誤ると、一般の米国民やIraq国民が現実の姿です。
誰も、国民の生命が家畜より軽い国に飲み込まれたくはない。
日本国民も対岸の火事とは言い切れません。
真の主権在民とは個人がその責任を負い、個人=国家であり、左手で笑みを浮かべて握手、右手には銃を、が現実であると思います。
しかし、世界は個人の抑止力が確立されていない未熟な世界であり、やはり、国破れて山河あり、否、Babylon捕囚になりかねません。
拉致事件はTerrorism等と言う軽い話ではないと思います。
国家犯罪であり、無力な難民の様な保護された島民への、あわよくば、島ごと乗っ取ろうと思った強盗団の犯罪です。
将来、役払いの島、を保護者の米国が周辺国に売り渡すかも知れません。
現実をこれ位の視点に据えて、向こう60年間は国民の強い、”秘めた覚悟”が不可欠だと思います。
与党よりも性質の悪い、工作員汚染の日本国野党も官僚も、まともな日本人に覚醒して欲しいです。
集団的自衛権を持つためには、耳目を覆いたくなるような、殺人、殺生という正当防衛の権利を平和の権利と相似形に受け入れる覚悟が必要であり、西洋の狩猟民族同様に、農耕民族と同時に日本人には”またぎ”という狩人の血もまた、流れていると聞きます。
また、”一生懸命”という言葉は、鎌倉時代の武士がその命をかけて、自分達の所領を守るという意味だったそうです。
P.S
素晴らしい論文だと思いました。
↓
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&board=1143583&tid=beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da 4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y&sid=1143583&action=m&mid=60710&mid=
これは メッセージ 60710 (masa4618 さん)への返信です.