スターリン批判 2
投稿者: masa4618 投稿日時: 2003/03/23 01:47 投稿番号: [57911 / 232612]
二十世紀のマルクス主義は1917年のロシア革命の影響を受けマルクス=レーニン主義(ロシア・マルクス主義)に代表されるようになる。その正統派マルクス主義のリーダー的存在であったソ連の「鉄のカーテン」の裏側ではこのような横暴がまかり通っていたことに東西の研究者はみな驚いたのであった。イデオロギーが党の権力機構の強化のために完全に制度化されたのがスターリン主義であるならば、そこでは人間は権力機構の歯車にすぎず、人間の問題、社会主義と人間変革の問題が欠落していた。そこでフルシチョフ報告を契機にスターリン主義批判が世界的に巻き起こる。なぜこのような個人崇拝、非人間主義が引き起こされたのか?しかし、この問題を突き詰めていくと
----
もちろんスターリン個人の問題にのみ還元することはできないし、もしそうならば話は簡単で゛悪人″スターリンがやったから仕方がない、で済んでしまう
----
フルシチョフ報告によるスターリン批判の枠組みを跳び越えて先程のべたようなレーニンの一党独裁論やひいてはマルクスの階級独裁論をも同時に批判しなくては筋が通らない。つまり、権力が王であれブルジョアであれ、プロレタリアであれ一個人に握られるようなシステム、すなわちテクノクラシーに問題があると考えるのが普通である。他党が認められていない以上、党内派閥(ジノーヴィェフ派やトロッキストなど)との権力闘争がスターリンにしろフルシチョフにしろ多かれ少なかれあった(事実、「批判」から一年余りにしてフルシチョフも政治局内の寡頭政治を形成していた集団指導体制を無視することになる)のは否定できない。いわゆる自由主義諸国ではその権力闘争が内側ではなく外側、つまり議会で行なわれる。その闘争で破れたとしても政治生命や議会制民主主義そのものは残る。ソ連でのスターリン没後の批判は、スターリン個人の批判と共に共産主義(といってもロシア型)、ソ連共産党の存続を懸けての絶対に必要な自浄作用であったと考えられる。すなわち、スターリンに対する国内外の後世に判るであろう失望はそのままソ連共産党=世界共産主義運動への失望へと変り、ソ連というイデオロギーだけで生きている国にとっては致命的となりうる。結局、その政治システム上、権力の集中と個人崇拝は不可分の関係であるといえるのである。」
http://www2.justnet.ne.jp/~on-bouge/Lui2-1.htm
これは私の説ではなくて、歴史の経緯ですね。しかし、イデオロギーについての批判は難しく、その時代における様々な要因の影響を受けるので、安易な判断は慎むべきかもしれません。
これは メッセージ 57909 (masa4618 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143583/beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y_1/57911.html