結びです
投稿者: t2daiisuki48 投稿日時: 2003/03/19 23:16 投稿番号: [56933 / 232612]
5.憲法改正の視点
集団的自衛権をめぐり、今また憲法解釈の論議が盛んとなって来た。前項でみたそれぞれの意見が一つに纏まることは不可能で、ましてや政府がこれまでの解釈を変えることはまずあり得ない。政府もかって一度は集団的自衛権を認めた(1951旧日米安保条約)ではないかという主張もあるが、政府の解釈は、憲法9条は、戦力の保持を許さないもの(自衛隊は戦力ではない)であり、そのもとでの自衛権は、国際法上の自衛権とは違う、と言うのであるから、一度認めた認めないの問題ではない。このことを認識するなら、集団的自衛権の行使を叫ぶのに解釈改憲だけを言っていては、それは空論に終わりはしないか。学界や言論界及び国会における長年の9条解釈論争が、不毛の神学論に終わったと同じような道を歩みはしないか。
1996年4月の日米安保共同宣言に基づき極東有事への日米共同対処、いわゆるガイドラインの見直しにおいて、橋本総理は、集団的自衛権を含む憲法解釈の見直しは行わないと明言している。憲法の範囲内で行うことは両国政府の合意に基づくものであるので、現憲法で出来ることを追及すれば足りるというのである。このままで行けば今回のガイドラインが出来上がった暁には、米側は前回にも増して落胆するだろう。そしてアメリカの議会や一般国民サイドから、今現に起きつつある片務性への不満が一段と高くなろう。集団的自衛権の行使論者はそのことを心配して発言しているのだと思われるが、それならばなぜ憲法改正に意を用いないのか。日米安保の実効的運用に多くの国民が理解を示すようになった今日、不毛の論議を何時までも続けるよりも、憲法を解りやすい文章に改めて、国際的に通用する形に、意見を集約することの方が現実的アプローチではなかろうか。
むすび
有力になって来た、現憲法下での集団的自衛権の行使論は、理路整然としていて見事であるが、これまでの憲法論争の枠を出るものではない。このままでは政府及び国民の多くが、日米安保が有効に機能するようないわゆる解釈改憲に合意するとは思われない。四十数年に及ぶ不毛の神学論争に終止符を打つのは、誰が読んでも解るような文章に改めるしかない。世代が替わり、国防に関する認識もどんどん変化している。その流れを自然で普通の日本国家が育成されるようにリードして行くのが、政治家や評論家の役目だろう。学者もその事を認識して、法律論に終始することなく実現可能性のある憲法改正の案文について議論してほしいものである。
http://www.drc-jpn.org/hasegawa-j.HTM
これは メッセージ 56928 (t2daiisuki48 さん)への返信です.
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