続きです
投稿者: t2daiisuki48 投稿日時: 2003/03/19 23:12 投稿番号: [56928 / 232612]
(2)政府解釈とは異なる有力な自衛隊合憲論
現憲法下での集団的自衛権の行使を主張する人々の多くが支持する憲法解釈は概ね次のようなものである。
憲法は9条第1項で「国際紛争を解決する手段としては」という条件付きで、戦争と武力による威嚇・行使を放棄している。国際紛争を解決する手段としての戦争とは、1928年にパリで署名された戦争抛棄に関する条約(不戦条約)において侵略戦争を意味し、自衛戦争は含まれないとの国際的合意が成立している。ゆえに9条第1項は、自衛のための戦争や武力による威嚇又は行使までも放棄したものではない。
また第2項で陸海空軍その他の戦力を保持しないとしているのも、冒頭にある「前項の目的を達するため」という条件付きであり、立法過程(第90帝国議会)でこの条件を提案した芦田均氏も、絶対非武装にしないために挿入したと証言している。即ち9条第2項は侵略戦争を対象としたものであり、自衛のための戦力まで否定したものではない。
これらの理由から、自衛のための自衛隊は憲法に抵触するものではなく、自衛権の行使には何等の制約もない。
(3)自衛隊違憲論
自衛隊が憲法に違反しているとする理由にはいろいろなものが挙げられているが、概ね次のように要約できよう。
わが国はポッダム宣言の受諾により、自衛のためを含む一切の軍備を撤廃した。これは満州事変以来、国際連盟・不戦条約・支那に関する九国条約を蹂躙し、遂に無謀な太平洋戦争に突入するに至った経緯を深く反省して決意したものである。このことを憲法前文に、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と、はっきりとうたったのである。
また、ほとんどの戦争が自衛の名のもとに行われることを考えれば、9条第1項の、国際紛争を解決する手段としての戦争の放棄は、自衛戦争を含むすべての戦争について言っていることは明らかである。
第2項の「前項の目的を達するため」とは、第1項のすべての戦争の放棄という目的を実効的ならしめようというのがその趣旨であり、第2項はあらゆる戦力の保持を否認していると解するべきである。
よって自衛隊は憲法に違反するものであり、武力の行使などもってのほかである。
以上の3つの論は、机上の理論としてはそれなりに合理性を持っており、解釈論としての正邪を判定するのは容易ではない。条文をそのままにして集団的自衛権を行使するには、政府の主張を変えさせるだけではだめで、自衛隊違憲論者の説得が必要となる。それは過去四十数年の歴史を振り返れば、不可能と言ってよい。それよりも、国民の多数が自衛隊を支持するようになった現実に立脚し、武力行使の範囲を具体的に議論しながら、憲法の条文を誰にでも解るように改めることの方が、現実的早道のように思われる。ドイツがNATO域外への軍隊の派遣を、解釈改憲で実現したことに見習うべきだとの主張もあるが、基本法(憲法)改正により再軍備をきちんと果たし徴兵制まで整えた国と、わが国を同列に論ずるのは間違いである。
現憲法下での集団的自衛権の行使を主張する人々の多くが支持する憲法解釈は概ね次のようなものである。
憲法は9条第1項で「国際紛争を解決する手段としては」という条件付きで、戦争と武力による威嚇・行使を放棄している。国際紛争を解決する手段としての戦争とは、1928年にパリで署名された戦争抛棄に関する条約(不戦条約)において侵略戦争を意味し、自衛戦争は含まれないとの国際的合意が成立している。ゆえに9条第1項は、自衛のための戦争や武力による威嚇又は行使までも放棄したものではない。
また第2項で陸海空軍その他の戦力を保持しないとしているのも、冒頭にある「前項の目的を達するため」という条件付きであり、立法過程(第90帝国議会)でこの条件を提案した芦田均氏も、絶対非武装にしないために挿入したと証言している。即ち9条第2項は侵略戦争を対象としたものであり、自衛のための戦力まで否定したものではない。
これらの理由から、自衛のための自衛隊は憲法に抵触するものではなく、自衛権の行使には何等の制約もない。
(3)自衛隊違憲論
自衛隊が憲法に違反しているとする理由にはいろいろなものが挙げられているが、概ね次のように要約できよう。
わが国はポッダム宣言の受諾により、自衛のためを含む一切の軍備を撤廃した。これは満州事変以来、国際連盟・不戦条約・支那に関する九国条約を蹂躙し、遂に無謀な太平洋戦争に突入するに至った経緯を深く反省して決意したものである。このことを憲法前文に、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と、はっきりとうたったのである。
また、ほとんどの戦争が自衛の名のもとに行われることを考えれば、9条第1項の、国際紛争を解決する手段としての戦争の放棄は、自衛戦争を含むすべての戦争について言っていることは明らかである。
第2項の「前項の目的を達するため」とは、第1項のすべての戦争の放棄という目的を実効的ならしめようというのがその趣旨であり、第2項はあらゆる戦力の保持を否認していると解するべきである。
よって自衛隊は憲法に違反するものであり、武力の行使などもってのほかである。
以上の3つの論は、机上の理論としてはそれなりに合理性を持っており、解釈論としての正邪を判定するのは容易ではない。条文をそのままにして集団的自衛権を行使するには、政府の主張を変えさせるだけではだめで、自衛隊違憲論者の説得が必要となる。それは過去四十数年の歴史を振り返れば、不可能と言ってよい。それよりも、国民の多数が自衛隊を支持するようになった現実に立脚し、武力行使の範囲を具体的に議論しながら、憲法の条文を誰にでも解るように改めることの方が、現実的早道のように思われる。ドイツがNATO域外への軍隊の派遣を、解釈改憲で実現したことに見習うべきだとの主張もあるが、基本法(憲法)改正により再軍備をきちんと果たし徴兵制まで整えた国と、わが国を同列に論ずるのは間違いである。
これは メッセージ 56926 (t2daiisuki48 さん)への返信です.