dorippy_tyanさんへ自衛権②
投稿者: masa4618 投稿日時: 2003/03/05 20:43 投稿番号: [53685 / 232612]
以下に、知り得る識者の見解を列記しておきます。ご参考になれば幸いです。
憲法9条(第2項)で何を言おうとしているのか今ではわかりにくくなった
国際紛争解決の手段としての戦争を行わないという侵略戦争の否定部分は堅持する。しかし、後段部分で何を言おうとしているのか今ではわかりにくくなった。したがって、①「陸海空その他の戦力を持たない」「国の交戦権は認めない」は削除する、②もう少し明白に「自衛戦争はその限りでない」という説明句をつけ加える、③「自衛戦争、国際安全保障上の共同行動への参画は可能である」ということまで言う、④単に前段のみにして侵略戦争は否定しているということにする、そのいずれかで検討していくべきではないか。(五百旗頭真・神戸大学大学院法学研究科教授/衆・第147回国会第7回12/04/20)
集団的自衛権の行使ができないという内閣法制局の解釈の根拠は第9条第2項にある
国際社会を代表して行動する活動と集団的自衛権の行使は余り関係ないと思うが、国内での議論で「国際社会の活動として行うものであっても、日本は集団的自衛権の行使はできないのであるから、よその部隊が攻撃されているときに日本がそれを助けに行くなどということはできない」という問題が提起される。では、なぜ内閣法制局の解釈で日本国憲法で集団的自衛権の行使ができないとなったのかというと、やはり第9条第2項があるからではないか。第1項だけから集団的自衛権の行使ができないという理論を打ち立てるのはとても難しい。(田中明彦・東京大学大学院情報学環教授/衆・第150回国会第1回12/09/28)
集団的自衛権は存在するが行使できないというのは、あしき法律家の詭弁である
集団的自衛権は存在するが行使できないというのは、あしき法律家の詭弁である。権利は行使可能であって初めて権利となり得る。集団的自衛権は国連憲章によって当然認められているのだから、個別的自衛権が行使できるとすれば、集団的自衛権も行使できるというのが平仄の合う。(阪本昌成・広島大学教授/衆・第154回国会基本的人権の保障に関する調査委員会第3回14/04/11)
防衛や国際平和維持活動に関してネックとなっている集団的自衛権や国連の集団安全保障等については、国民合意のもとで改正すべきである
日米安全保障体制のもとに半世紀間、憲法第九条を最大限に拡大解釈して対応してきたが、今後、国際情勢の変化に適切に対応し、我が国の安全確保に万全を期するためには、解釈の対応だけでは限界である。したがって、防衛や国際平和維持活動に関する限り、例えばネックとなっている集団的自衛権や国連の集団安全保障等について、拡大解釈ではなく国民合意のもとで九条をきっちりと改正をすべきである。(久世公堯・自民/参・第147回国会第7回12/05/02)
集団的自衛権には、①同盟国が攻撃を受けた場合、海外に出て武力を行使する、②武力行使と一体化、③一体化に限りなく近い行為、の3つの概念があり、②③についてはまだ検討の余地がある
集団的自衛権問題は、①自国が攻撃されていないにもかかわらず、同盟関係にある国が攻撃を受けた場合、海外に日本の自衛隊が出て武力を行使する、②武力行使と一体化、③限りなく一体化に近い行為、という3つが、いわば集団的自衛権という名前のもとに、全部同時に語られていることにある。そこで、憲法に対する姿勢によって、この集団的自衛権の3つの概念が伸縮自在にとらえられている傾向にある。そういった意味で、①は憲法を改正してもできないが、②武力行使と一体化あるいは③一体化に限りなく近い行為は検討の余地があるのではないか。(赤松正雄・公明/衆・第154回国会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会第3回14/05/09)
国際法では、個別的自衛権と集団的自衛権の範囲の境目は余りはっきりしていない
自衛権の核になっているのは個別的自衛権であって、集団的自衛権と個別的自衛権を分けて考えることはできない。国際法に見ると、個別的自衛権と集団的自衛権の範囲は、その境目は余りはっきりしていないのではないか。集団安全保障は、全世界的な規模である国連を中心にして全国家がその中で解決していくというものである。しかし、多国間で地域的な安全保障を考えていくとなると、集団的自衛権の問題に入ってくる。そういった意味で、どの国も個別的ないし集団的自衛権を持っている。そして、それを概念的に拡大していくのとは違うレベルで、国際連合という形での集団安全保障を考えている。そういう位置関係をきちんと押さえるべきである。(中村哲治・民主/衆・第154回国会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会第3回14/05/09)
憲法9条(第2項)で何を言おうとしているのか今ではわかりにくくなった
国際紛争解決の手段としての戦争を行わないという侵略戦争の否定部分は堅持する。しかし、後段部分で何を言おうとしているのか今ではわかりにくくなった。したがって、①「陸海空その他の戦力を持たない」「国の交戦権は認めない」は削除する、②もう少し明白に「自衛戦争はその限りでない」という説明句をつけ加える、③「自衛戦争、国際安全保障上の共同行動への参画は可能である」ということまで言う、④単に前段のみにして侵略戦争は否定しているということにする、そのいずれかで検討していくべきではないか。(五百旗頭真・神戸大学大学院法学研究科教授/衆・第147回国会第7回12/04/20)
集団的自衛権の行使ができないという内閣法制局の解釈の根拠は第9条第2項にある
国際社会を代表して行動する活動と集団的自衛権の行使は余り関係ないと思うが、国内での議論で「国際社会の活動として行うものであっても、日本は集団的自衛権の行使はできないのであるから、よその部隊が攻撃されているときに日本がそれを助けに行くなどということはできない」という問題が提起される。では、なぜ内閣法制局の解釈で日本国憲法で集団的自衛権の行使ができないとなったのかというと、やはり第9条第2項があるからではないか。第1項だけから集団的自衛権の行使ができないという理論を打ち立てるのはとても難しい。(田中明彦・東京大学大学院情報学環教授/衆・第150回国会第1回12/09/28)
集団的自衛権は存在するが行使できないというのは、あしき法律家の詭弁である
集団的自衛権は存在するが行使できないというのは、あしき法律家の詭弁である。権利は行使可能であって初めて権利となり得る。集団的自衛権は国連憲章によって当然認められているのだから、個別的自衛権が行使できるとすれば、集団的自衛権も行使できるというのが平仄の合う。(阪本昌成・広島大学教授/衆・第154回国会基本的人権の保障に関する調査委員会第3回14/04/11)
防衛や国際平和維持活動に関してネックとなっている集団的自衛権や国連の集団安全保障等については、国民合意のもとで改正すべきである
日米安全保障体制のもとに半世紀間、憲法第九条を最大限に拡大解釈して対応してきたが、今後、国際情勢の変化に適切に対応し、我が国の安全確保に万全を期するためには、解釈の対応だけでは限界である。したがって、防衛や国際平和維持活動に関する限り、例えばネックとなっている集団的自衛権や国連の集団安全保障等について、拡大解釈ではなく国民合意のもとで九条をきっちりと改正をすべきである。(久世公堯・自民/参・第147回国会第7回12/05/02)
集団的自衛権には、①同盟国が攻撃を受けた場合、海外に出て武力を行使する、②武力行使と一体化、③一体化に限りなく近い行為、の3つの概念があり、②③についてはまだ検討の余地がある
集団的自衛権問題は、①自国が攻撃されていないにもかかわらず、同盟関係にある国が攻撃を受けた場合、海外に日本の自衛隊が出て武力を行使する、②武力行使と一体化、③限りなく一体化に近い行為、という3つが、いわば集団的自衛権という名前のもとに、全部同時に語られていることにある。そこで、憲法に対する姿勢によって、この集団的自衛権の3つの概念が伸縮自在にとらえられている傾向にある。そういった意味で、①は憲法を改正してもできないが、②武力行使と一体化あるいは③一体化に限りなく近い行為は検討の余地があるのではないか。(赤松正雄・公明/衆・第154回国会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会第3回14/05/09)
国際法では、個別的自衛権と集団的自衛権の範囲の境目は余りはっきりしていない
自衛権の核になっているのは個別的自衛権であって、集団的自衛権と個別的自衛権を分けて考えることはできない。国際法に見ると、個別的自衛権と集団的自衛権の範囲は、その境目は余りはっきりしていないのではないか。集団安全保障は、全世界的な規模である国連を中心にして全国家がその中で解決していくというものである。しかし、多国間で地域的な安全保障を考えていくとなると、集団的自衛権の問題に入ってくる。そういった意味で、どの国も個別的ないし集団的自衛権を持っている。そして、それを概念的に拡大していくのとは違うレベルで、国際連合という形での集団安全保障を考えている。そういう位置関係をきちんと押さえるべきである。(中村哲治・民主/衆・第154回国会国際社会における日本のあり方に関する調査小委員会第3回14/05/09)
これは メッセージ 53684 (masa4618 さん)への返信です.