>歴史を学ぶということ
投稿者: PrincessHiroko 投稿日時: 2003/02/12 11:56 投稿番号: [49570 / 232612]
ナショナリズムは、「国家主義」にしろ「民族主義」にしろ、諸問題をはらんでいることも、歴史から学ぶことも出来る。
祖先や血筋や「純血度」が過度に尊ばれる民族主義の場合は、民族集団を統合していく為に「血」に対する信仰が権威の神聖化に利用され、出自による差別が行われる。
これは、民族内の秩序を維持するのには役立つが、裏をかえせば民族という共同体幻想が権力者の支配の道具として利用されたり、あるいは民族内の権力争いに転じることにもなる。
また、強いナショナリズムを背景に歴史や文化の再解釈が彼ら、彼女らの手で行われるとき、歴史は歪曲されかねない。
「悲惨な」歴史観が強調され、失われた伝統や文化が美化され、神話が新たに創造され、権威がそれらにもっともらしく与えられてしまうという問題もある。
歴史を学ぶことは、神話を脱するという作業でもあるはずだ。
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「ハワイ・さまよえる楽園−民族と国家の衝突」中嶋弓子薯
これは メッセージ 49552 (nigakudo72 さん)への返信です.
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