有害図書指定 第一号
投稿者: okinagatarasihiko 投稿日時: 2003/01/01 22:30 投稿番号: [37231 / 232612]
魏史東夷伝です。邪馬台国卑弥呼で有名な倭人伝は誰でも知っていますが、これはその馬韓(馬鹿ではありません)の条です。皆さん、多分読んだことがないと思います。世界の中心、文化の香り高い百済の建国250年後の姿です。同時代の邪馬台国と比較してください。
跪拝の礼がない。北方の帯方郡に近い諸国は、まだいくらか礼儀を知っているが、遠いほうとなると、まるで囚徒や奴婢の集まりのようである。
馬韓がいかに野蛮かといえば、家は竪穴で、草葺の屋根をつけ、まるで塚のようである。入り口は上にあり、一家の全員がその中に寝泊りし、長幼、男女による席の区別はない。牛馬を乗用に使うことを知らず、葬式でみんな殺してしまう。
国内で工事があったり、帯方郡が城郭の建築のために人手を徴発したりすると、馬韓の少年で元気なものは、みな背中の皮に穴を開けて、太い縄を通し、2メートルあまりの木をこれに結び付けて、一日中掛け声をかけて労働にはげみ、痛いとも言わない。景気をつけるためであり、また元気を誇るためである。
諸国にはそれぞれ別邑があり、これを蘇塗と呼び、ここに大木を立て、鈴や太鼓を掛けて鬼神を祭る。逃亡者がここに逃げ込めば、もう引き渡さないので、好んで泥棒をする。
馬韓、55カ国は中国人から未開野蛮で危険な民族と見なされていた。
当時、帯方郡の支配を受け、百済などという国はなかった。
書いた中国人は、あまり好意をもっていない。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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