小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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Re: 朝日に匂う櫻花

投稿者: komash0427 投稿日時: 2007/01/28 10:16 投稿番号: [230145 / 232612]
>まず、私の一番の関心は、日露戦争と第二次大戦前の政治軍事指導者になぜあれほどの落差が生まれたのか、なぜあんなにまで劣化してしまったのか(と、あえて言いますが)、その大きな理由が武家の伝統的な倫理の消滅にあるのではないか、ということです。武家の伝統的倫理とは、藩にあっては幕府による取り潰し、武家にあっては断絶、切腹という形で最終責任をとる所から生まれる峻厳なる倫理観、公というものに対する厳格な忠誠、といったものです。明治維新で武士は消滅したものの、日露戦争は政治軍事指導者がほぼこの峻厳な武家のエトスを共有しており、明治という時代そのものがそうだったと思います。

「井上成美」(阿川弘之)においても日露戦争勝利の立役者である東郷平八郎が大正・昭和時代を通じて海軍内部や日本社会で次第に神格化されていく様子が描かれていますね。

暴力や天皇の権威を笠に着て反対意見を押さえ込もうとしたその目的は、金日成・金正日父子のように昭和軍人が権力を恣にして、己の権勢と財産を築こうとしたものではありませんでした。
伝統的倫理を破ってまで権力を握ろうとしたのは

・政党政治の腐敗
・凶作などによる農民の貧困化
・中国大陸の日本権益に対する列強の脅威

こうしたことに対する軍人としての危機感からだったのではないでしょうか。

政党政治の腐敗をやめさせる為に、軍事権力を基盤にした天皇親政の実現、国内の困窮を救済するための財閥抑制や満州移民と満州独立。

これがもっと進むと王道楽土・五族協和、さらには八紘一宇という世界を、白人中心ではない、日本を中心とした世界をつくる壮大な目的のために、数々の横暴や軍部内の下克上が繰り広げられました。大きな目的の前でこうした誤った手段を正当化してしまったことにあるのではないかと思います。


平安末期に平家そして源家が武力により実権を朝廷貴族から奪い、鎌倉幕府に始まりその後は室町・戦国時代、さらに江戸時代に至るまで武士が実権を握った社会ですが、武士が有する権力と天皇の歴史的な権威は別々でした。

武士は天皇家の日本社会に対する影響力をそぐことに腐心し(御成敗式目や禁中並びに公家諸法度など)、天皇家は武士から実権を取り戻すことを諦めません(承久の乱や後醍醐天皇の親政、後水尾天皇の退位など)。

権力と権威が常にお互いを牽制しあう歴史だったともいえます。

それが近代になると権威と権力が合一しました。

権力として近代的に整備された軍事力が急速に成長します。

これは日本にとっては初めてのことで、力を有する軍事力をどう管理し統制していくのか、火急に解決しなければならない課題でした。
西南の役や自由民権運動を通じて軍内部に浸透する様々な政治思想の影響から軍を引き離す必要がありました。
そのために軍人勅諭を整えました。


軍事力の統制については日本に限らず、どの国でも生易しい問題ではないでしょう。
文民統制という言葉がありますね。どんな経験を元に文民が軍人を統制することが必要になったのかは知りませんが、諸外国でも軍人をコントロールすることに苦労してきたのではないでしょうか。

ただし日本の場合は軍事力が暴走し、かつて多大な犠牲を払って獲得した海外権益はのみならず国体さえも危うくしたわけですからね。もう少し、計算高くあって欲しかったものです。
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