小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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Re: 「硫黄島からの手紙」 (米)

投稿者: shinzerosen01 投稿日時: 2006/12/24 00:40 投稿番号: [229984 / 232612]
レスが遅れました。

イーストウッド監督のこの2部作は前から関心があり、何としても観ようと思っていました。両方を比較してみますと、第2作が作品としては優れているように思います。

第1作は英雄に祭り上げられ政治に利用された帰還兵の悲喜劇であり、ステレオタイプ的といえないこともありません。しかし第2作は監督の人間的な深化、成熟といったものが感じられ、日本の指揮官や兵を共感を持って描き出しています。今までのアメリカ映画に見られない日本兵を映し出していると思います。

前の大戦では栗林中将をはじめ幾人かの将軍が大きな名を残す一方、そうでない将軍もいた。大戦中に活躍、暗躍した将軍について、日下公人氏の「日本軍の教訓」という本からいろいろ教えられました。

栗林中将は小笠原諸島方面の守備隊の司令官だったため、別の島から現地部隊に命令をだしてもよかったのですが、硫黄島に身を置き司令部を設けて島の防備にあたりました。その事に守備隊の兵は大変感動したそうです。

中将は部下に対しては、「ここでの戦闘目的はお前らの故郷を守る事だ、米軍が日本本土に手をかけるのを1ヶ月でも遅らせれば、その間準備が出来る。その時間稼ぎのために、ここで死ぬんだ」と言い聞かせていたといいます。

この本で日下氏は、「そもそも戦争を予定したり計画したりする精神が日本人にない」「軍そのものの精神をたて、戦争そのものの理念を作る事は誰も考えていなかった。作戦とは目先の対応の事だけであった」と書いています。

しかし戦争を予定したり計画したりする精神が日本人になければ、日清日露の戦争で勝てるはずがなく、そもそも両戦争も起こりようもなかったといえるのではないかと考えます。日露戦争の計画を立て勝ち抜く力がなかったならば、日本はシナと同じ西欧の植民地となっていたでしょう。

小野田少尉が前の大戦のことを、日本人は日露戦争ほどの緊迫感を持って始めた戦争ではなかったという趣旨の発言を聞いた記憶がありますが、日米の衝突は避けようとすれば方策はあったと思います。開戦が数週間後にずれれば、欧州戦線で圧倒的に有利と見られていたドイツに連合国側が攻勢に転じたために、日本は参戦を見送っただろうという見方もあります。

兵士に降伏を禁じた戦陣訓は、長期化した日支戦により緩みだした兵士の規律を正すために作られたとされますが、これが兵士のみだけでなく、民間人にも強制されてしまった事が大変重大な問題で、その結果数知れない悲劇が生まれた。

日本人は集団への帰属意識が強く、捕虜になれば郷土の恥、家の恥だと聞かされれば戦陣訓の通りにしてしまう。集団への強い帰属意識は今もって日本人にあります。
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