>Re: 遅>硫黄島の戦闘の意味すること
投稿者: kitaguniniakogarete 投稿日時: 2006/09/05 01:35 投稿番号: [229175 / 232612]
ご無沙汰しておりました。
>作戦を立てる、それを机上でシュミレーションする、その結果は敗北と出る。
>それでもその結果を受け入れず、陸では白兵戦を、海上では艦隊決戦を、無謀ともいえる戦いを挑む。
>時には大本営の意向を無視し、時には上官の意向を無視し、論理で屈服しても、精神力のみでカバーしようとする。
>負けた歴史を知っている立場からすれば、圧倒的な軍事力を誇る米軍とのおのおのの戦闘なんてバカらしいのかもしれませんが、視点を変えれば、最後まで果敢に戦ったものだと感服します。
先の大戦における兵棋演習では、サイコロの振り直しやルールに無い【天佑】が多用されたと聞きます。
それが本当の事かどうか定かではありませんが…
かつて、私が熱中した『太平洋の嵐』においても『セーブ&リセット』しなければ戦いにならないほどの国力の差を見せ付けられました。
当時の政治家や官僚や軍部の上層部においてもそれは気づいていたはずです。
開戦直前までの悲壮感を綴った回想録もあります。
そんな戦いを…私にはどうしても侵略戦争だとは受け入れられないのです。
私は、軍部の自信の無い作戦に基づき最前線で戦った将兵に…本当に感謝しています。
同時に、軍部の無謀な作戦に基づき最前線で飢えや病と戦いに手折れた将兵にも…感謝しています。
かといって、無謀で自信の無い作戦を命令した者を必要以上に責めるものでもありません。
戦争の検証が魔女狩りになっては何の意味もないのです。個々人の責を問うのではなく、その作戦の内容を問うべきだと思うのです。
それは、平静なる時代においてそれを訓練しなければ…極限の状況においてはより良い選択など出来るものではないと考えるからです。
そういった(責を問うのではなく、内容を問うといった)検証が、前線で無念の想いの中で尊い命を犠牲にされた方々への…
私達からの形のあるお礼だと考えるのです。お伝えしたい想いが、上手に文章になりません。申し訳ございません。
>索敵能力、収集した情報の判断力、局地的での敗戦を受け入れる素直さ、誇大な戦果に惑わされない慎重さ、陸海軍のおのおのが置かれた立場を統合的に把握して全体を見通す力などが欠けていた。
>総合的な米国の生産力ではなく、個々の局面で敵の装備、兵力、火力が整っていること、そして反対に自軍のそれは劣っていること、それら日米のあるがままの姿を的確に理解して戦いに臨んでいれば、あの戦いは少なくとも完膚なきまで叩きのめされることはなかったのではないかと思われます。
個々については仰る通りだと思います。
ただ、異論もあろうかと思いますが…日本を最終的に完膚なきまでに叩きのめしたのはGHQの施策だと考えています。
私には「負け方」の研究がなされていなかった事が悔やまれてなりません。
勿論、当時の日本にそれを求めるつもりはありません。
故に、尊い命の犠牲を最大限に尊ぶような上手な負け方…そんな研究も必要なのではないかと思うのです。
先日のNHK教育で、戦争で戦った祖父を批判する孫の特集がありました…。
これは メッセージ 229171 (komash0427 さん)への返信です.
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