Re: 遅>硫黄島の戦闘の意味すること
投稿者: komash0427 投稿日時: 2006/09/04 22:55 投稿番号: [229171 / 232612]
お久しぶりです。
>大東亜の戦いの話を見聞する度に思いが募ります。果して、現代の日本は敗因を分析できているのだろうか?…と。
>明治維新後から敗戦に至る政治(内政・外交)を…そして、日清日露から敗戦に至る戦争(戦略・戦術・兵站)を…
>敗戦後の日本は冷静に分析してきたのか?。
>本来ならば…幾多の学会、幾十の分科会で学問として研究されるべきテーマだと思います。
>尊い命の犠牲に対し…それを糧としなければ申し訳がたたないとの想いです。
>今回、komash0427さんが取り上げてくださった『硫黄島』においても同様なのだと思います。
>そこで何があったのかを検証しつつ、我々はそこから何を学ぶのか?。テーマには事欠かないのだと思います。
最近、「失敗の本質 日本軍の組織的研究」という本を読みました。
作戦を立てる、それを机上でシュミレーションする、その結果は敗北と出る。
それでもその結果を受け入れず、陸では白兵戦を、海上では艦隊決戦を、無謀ともいえる戦いを挑む。
時には大本営の意向を無視し、時には上官の意向を無視し、論理で屈服しても、精神力のみでカバーしようとする。
負けた歴史を知っている立場からすれば、圧倒的な軍事力を誇る米軍とのおのおのの戦闘なんてバカらしいのかもしれませんが、視点を変えれば、最後まで果敢に戦ったものだと感服します。
武器弾薬も食糧も乏しかったわけですから、徒手空拳と空腹で相手の火力に立ち向かわざるを得なかった一兵士の苦労は並大抵のものではなかったでしょうが、総合的に見ると米軍がはなっから強すぎて相手になり得ないほどの戦力差がなかったわけではないようです。
索敵能力、収集した情報の判断力、局地的での敗戦を受け入れる素直さ、誇大な戦果に惑わされない慎重さ、陸海軍のおのおのが置かれた立場を統合的に把握して全体を見通す力などが欠けていた。総合的な米国の生産力ではなく、個々の局面で敵の装備、兵力、火力が整っていること、そして反対に自軍のそれは劣っていること、それら日米のあるがままの姿を的確に理解して戦いに臨んでいれば、あの戦いは少なくとも完膚なきまで叩きのめされることはなかったのではないかと思われます。
確かに軍事兵器の生産力は相当な格差があったのでしょうが、日本軍はそれを補って余りある工夫と努力を注いでいました。
本書は、日米の違いを組織論に焦点を当てておりますが、決して最初から日本の組織に欠陥があったとはしていません。
日本には、急速に近代化を図り国力をつけ、日清、日露戦争を通じて情況の変化に挑み弛まぬ組織改革を遂行して、獲得したサクセスストーリー、栄光がありました。
ただこの栄光は1940年代の国を挙げての総力戦の時代にはもはや邪魔になったにもかかわらず、栄光を捨て去ることができなかった、その栄光に基づいた組織が陳腐化していたにも関わらず、新たな情況の変化に適応できなかったことが主因であった、ということが本書を読んだ感想です。
本書では一将校として参戦した山本七平氏の著作が時折引用されていますが、同氏の著作についてはソフィアン氏がよく読まれているかと。
硫黄島の戦いを指揮した栗林中将は、彼我の戦力・戦法、米軍の作戦に熟知し、2万の日本軍をよく統制し、島での生活でも食糧難や飲料水不足にも一兵士となんらかわらない境遇に身を置き、陸海軍の対立を抑止・調停し、最後の最後まで残された力を信じて死力を尽くして戦い、敗れましたがその名は日米両軍に深く刻まれる存在となっています。
>大東亜の戦いの話を見聞する度に思いが募ります。果して、現代の日本は敗因を分析できているのだろうか?…と。
>明治維新後から敗戦に至る政治(内政・外交)を…そして、日清日露から敗戦に至る戦争(戦略・戦術・兵站)を…
>敗戦後の日本は冷静に分析してきたのか?。
>本来ならば…幾多の学会、幾十の分科会で学問として研究されるべきテーマだと思います。
>尊い命の犠牲に対し…それを糧としなければ申し訳がたたないとの想いです。
>今回、komash0427さんが取り上げてくださった『硫黄島』においても同様なのだと思います。
>そこで何があったのかを検証しつつ、我々はそこから何を学ぶのか?。テーマには事欠かないのだと思います。
最近、「失敗の本質 日本軍の組織的研究」という本を読みました。
作戦を立てる、それを机上でシュミレーションする、その結果は敗北と出る。
それでもその結果を受け入れず、陸では白兵戦を、海上では艦隊決戦を、無謀ともいえる戦いを挑む。
時には大本営の意向を無視し、時には上官の意向を無視し、論理で屈服しても、精神力のみでカバーしようとする。
負けた歴史を知っている立場からすれば、圧倒的な軍事力を誇る米軍とのおのおのの戦闘なんてバカらしいのかもしれませんが、視点を変えれば、最後まで果敢に戦ったものだと感服します。
武器弾薬も食糧も乏しかったわけですから、徒手空拳と空腹で相手の火力に立ち向かわざるを得なかった一兵士の苦労は並大抵のものではなかったでしょうが、総合的に見ると米軍がはなっから強すぎて相手になり得ないほどの戦力差がなかったわけではないようです。
索敵能力、収集した情報の判断力、局地的での敗戦を受け入れる素直さ、誇大な戦果に惑わされない慎重さ、陸海軍のおのおのが置かれた立場を統合的に把握して全体を見通す力などが欠けていた。総合的な米国の生産力ではなく、個々の局面で敵の装備、兵力、火力が整っていること、そして反対に自軍のそれは劣っていること、それら日米のあるがままの姿を的確に理解して戦いに臨んでいれば、あの戦いは少なくとも完膚なきまで叩きのめされることはなかったのではないかと思われます。
確かに軍事兵器の生産力は相当な格差があったのでしょうが、日本軍はそれを補って余りある工夫と努力を注いでいました。
本書は、日米の違いを組織論に焦点を当てておりますが、決して最初から日本の組織に欠陥があったとはしていません。
日本には、急速に近代化を図り国力をつけ、日清、日露戦争を通じて情況の変化に挑み弛まぬ組織改革を遂行して、獲得したサクセスストーリー、栄光がありました。
ただこの栄光は1940年代の国を挙げての総力戦の時代にはもはや邪魔になったにもかかわらず、栄光を捨て去ることができなかった、その栄光に基づいた組織が陳腐化していたにも関わらず、新たな情況の変化に適応できなかったことが主因であった、ということが本書を読んだ感想です。
本書では一将校として参戦した山本七平氏の著作が時折引用されていますが、同氏の著作についてはソフィアン氏がよく読まれているかと。
硫黄島の戦いを指揮した栗林中将は、彼我の戦力・戦法、米軍の作戦に熟知し、2万の日本軍をよく統制し、島での生活でも食糧難や飲料水不足にも一兵士となんらかわらない境遇に身を置き、陸海軍の対立を抑止・調停し、最後の最後まで残された力を信じて死力を尽くして戦い、敗れましたがその名は日米両軍に深く刻まれる存在となっています。
これは メッセージ 229160 (kitaguniniakogarete さん)への返信です.