>Re: >Re: 遅>硫黄島の戦闘の意味
投稿者: kitaguniniakogarete 投稿日時: 2006/09/05 01:56 投稿番号: [229176 / 232612]
>確かに軍事兵器の生産力は相当な格差があったのでしょうが、日本軍はそれを補って余りある工夫と努力を注いでいました。
>本書は、日米の違いを組織論に焦点を当てておりますが、決して最初から日本の組織に欠陥があったとはしていません。
>日本には、急速に近代化を図り国力をつけ、日清、日露戦争を通じて情況の変化に挑み弛まぬ組織改革を遂行して、獲得したサクセスストーリー、栄光がありました。
>ただこの栄光は1940年代の国を挙げての総力戦の時代にはもはや邪魔になったにもかかわらず、栄光を捨て去ることができなかった、その栄光に基づいた組織が陳腐化していたにも関わらず、新たな情況の変化に適応できなかったことが主因であった、ということが本書を読んだ感想です。
当書を読んではいないのですが…科学立国日本というのは、すでに明治の時代からはじまっている事を存じています。
(現在の教育でそれを教えない事が不満でもありますが)
それが、軍事技術にも生かされていたことも存じております。アメリカが、幾つものその技術を戦後持ち帰り我が物とした事も…。
ただ…科学立国だった日本が、戦術時に非科学的要因を多用した事(多用せざるを得なかったのかもしれませんが)を残念に思います。
真珠湾攻撃やマレー上陸などの成功は、日本の作戦立案能力や作戦遂行能力の高さを示すものの代表と言えます。
一式陸功で英艦隊を叩く事等も世界の戦術の常識を打ち破るものとして評価されるべきものだと思います。
私は、日露戦争の勝利を誇りに思っておりますが…妄信はしておりません。
日本には幾つもの失策があった。けれど、ロシア側の失策が日本のそれを上回っていただけの差だったのかもしれません。
それはそれで、十分に誇りになりえる事なのです。失策の研究でその勝利の価値が落ちるものでは無いはずなのです。
>硫黄島の戦いを指揮した栗林中将は、彼我の戦力・戦法、米軍の作戦に熟知し、2万の日本軍をよく統制し、島での生活でも食糧難や飲料水不足にも一兵士となんらかわらない境遇に身を置き、陸海軍の対立を抑止・調停し、最後の最後まで残された力を信じて死力を尽くして戦い、敗れましたがその名は日米両軍に深く刻まれる存在となっています。
現代に生きる日本人にも…『日本が行ったとされる侵略』のイメージとはかけ離れた『硫黄島の戦い』について知っていただきたいものです。
>山本七平氏の著作が時折引用されていますが、同氏の著作についてはソフィアン氏がよく読まれているかと。
今回、山本七平氏の名を手帳に記しました。
呑んでは居ないのですが…取りとめも無い文章の羅列になってしまいました。
GHQの呪縛から逃れないでいる日本は、誇りうるべき歴史も、誤ってしまった(失策という意味で他国の言うそれではない)歴史も消されてしまいます。
それをさせてはならない。
それこそ、無念の想いで尊い命を犠牲にされた方々に申し訳がたたない。
と…無理やりまとめました。
これは メッセージ 229175 (kitaguniniakogarete さん)への返信です.
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