「作戦計画5030」2
投稿者: komash0427 投稿日時: 2006/05/13 17:03 投稿番号: [228130 / 232612]
(以下は、作戦計画5030に則した実例を紹介しております)
■実例その1亡命支援
2003年の秋、朝鮮労働党作戦部長の呉克烈大将の長男である呉世郁は、40人もの親族とともに北朝鮮の清津から船で脱出した。この呉世郁亡命事件について、情報関係者は次のように証言した。「この亡命事件には中国軍幹部、そして総連系の日本のヤクザが協力しています。呉世郁が清津から船で脱出する手配をしたのは、在日朝鮮人のヤクザでした。そして、呉世郁たちは日本海の海上で、待ち受けていた米海軍の潜水艦に移乗したのです。脱北した40人ほどは横浜に上陸しました」。1961年生まれの呉世郁は、5年に金日成総合大学物理学部を卒業後、姜健総合軍官学校に入学し、亡命当時は人民軍大佐だった。「呉世郁大佐は保衛司令部の要員などではなく、外貨稼ぎの全組織の総責任者で、かつては主席ファンドと呼ばれた金正日資金を管理していました。麻薬密輸や偽ドルをロシアのルーブルと交換も任務でした。ですから、中国軍部や日本の暴力団などとも親しかったのです」という証言がある。謀略工作である作戦計画5030では、中国軍の幹部や日本の暴力団と協力し、米海軍の潜水艦が北朝鮮の脱北者を迎えに行くという通常では考えられないような米中日3カ国協同の秘密作戦がおこなわれている。
■実例その2宣伝ビラ散布
2004年11月18日付の産経新聞は「北朝鮮で体制批判ビラ総書記の家庭背景も高度な内容政権中枢に人脈」という見出しの記事を掲載し、北朝鮮の反政府グループが10月10日の党創建記念日の日付で北朝鮮国内にばらまいた『金日成・金正日の十大うそ』と題するビラを、97年に韓国に亡命した元朝鮮労働党傘下の貿易会社社長、金徳弘氏が第3国を通じて得たものを入手した、と報じた。この体制批判ビラは、北朝鮮製のざら紙にボールペンで手書きされており、平壌、南浦、新義州、清津、咸興など都市部を中心に、地方もふくめ、約50カ所で散布されたという。
『金日成・金正日の十大うそ』というビラには、「金日成は富農の出身で、朝鮮労働党の階級路線からいえば敵対階層である。万景台の生家は収穫期には小作まで雇い、金日成は小学校に自転車で通っていた。この資料は朝鮮労働党中央委員会歴史研究所資料室に保存されている」「金正日はユーラという名前で、ソ連国籍を持っていた。解放後、ソ連艦で帰国したソ連縁故者であり、(党の路線では)監視対象である」など、北朝鮮国内ではタブーとなっている事実が明らかにされている。また、「『思想の主体』は人民を奴隷にした」「『政治の主体』は人民が主人どころか、首領絶対主義世
襲王国を作った」など、「主体思想」による独裁体制を批判しており、「肉のスープと瓦屋根の家、絹の服(1957の金日成の言葉)どころか、(金父子は)我が人民を世界で一番悲惨な貧民に、この国を世界の落後者にした」と糾弾している。
このビラはボールペンで手書きされた北朝鮮製のざら紙だったため、保存することが難しい点などを反省した結果、今では『金日成・金正日の十大うそ』は印刷され、コーティングされたビラにして、中朝国境から風船で北朝鮮国内に散布している。
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■実例その1亡命支援
2003年の秋、朝鮮労働党作戦部長の呉克烈大将の長男である呉世郁は、40人もの親族とともに北朝鮮の清津から船で脱出した。この呉世郁亡命事件について、情報関係者は次のように証言した。「この亡命事件には中国軍幹部、そして総連系の日本のヤクザが協力しています。呉世郁が清津から船で脱出する手配をしたのは、在日朝鮮人のヤクザでした。そして、呉世郁たちは日本海の海上で、待ち受けていた米海軍の潜水艦に移乗したのです。脱北した40人ほどは横浜に上陸しました」。1961年生まれの呉世郁は、5年に金日成総合大学物理学部を卒業後、姜健総合軍官学校に入学し、亡命当時は人民軍大佐だった。「呉世郁大佐は保衛司令部の要員などではなく、外貨稼ぎの全組織の総責任者で、かつては主席ファンドと呼ばれた金正日資金を管理していました。麻薬密輸や偽ドルをロシアのルーブルと交換も任務でした。ですから、中国軍部や日本の暴力団などとも親しかったのです」という証言がある。謀略工作である作戦計画5030では、中国軍の幹部や日本の暴力団と協力し、米海軍の潜水艦が北朝鮮の脱北者を迎えに行くという通常では考えられないような米中日3カ国協同の秘密作戦がおこなわれている。
■実例その2宣伝ビラ散布
2004年11月18日付の産経新聞は「北朝鮮で体制批判ビラ総書記の家庭背景も高度な内容政権中枢に人脈」という見出しの記事を掲載し、北朝鮮の反政府グループが10月10日の党創建記念日の日付で北朝鮮国内にばらまいた『金日成・金正日の十大うそ』と題するビラを、97年に韓国に亡命した元朝鮮労働党傘下の貿易会社社長、金徳弘氏が第3国を通じて得たものを入手した、と報じた。この体制批判ビラは、北朝鮮製のざら紙にボールペンで手書きされており、平壌、南浦、新義州、清津、咸興など都市部を中心に、地方もふくめ、約50カ所で散布されたという。
『金日成・金正日の十大うそ』というビラには、「金日成は富農の出身で、朝鮮労働党の階級路線からいえば敵対階層である。万景台の生家は収穫期には小作まで雇い、金日成は小学校に自転車で通っていた。この資料は朝鮮労働党中央委員会歴史研究所資料室に保存されている」「金正日はユーラという名前で、ソ連国籍を持っていた。解放後、ソ連艦で帰国したソ連縁故者であり、(党の路線では)監視対象である」など、北朝鮮国内ではタブーとなっている事実が明らかにされている。また、「『思想の主体』は人民を奴隷にした」「『政治の主体』は人民が主人どころか、首領絶対主義世
襲王国を作った」など、「主体思想」による独裁体制を批判しており、「肉のスープと瓦屋根の家、絹の服(1957の金日成の言葉)どころか、(金父子は)我が人民を世界で一番悲惨な貧民に、この国を世界の落後者にした」と糾弾している。
このビラはボールペンで手書きされた北朝鮮製のざら紙だったため、保存することが難しい点などを反省した結果、今では『金日成・金正日の十大うそ』は印刷され、コーティングされたビラにして、中朝国境から風船で北朝鮮国内に散布している。
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これは メッセージ 228129 (komash0427 さん)への返信です.