小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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三大革命運動のバカ話6(番外)

投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2006/04/09 14:51 投稿番号: [227621 / 232612]
孫光柱「金正日レポート」から

政治思想が経済活動を支配するなか、金正日が1973年から主導した「三大革命小組運動」も北朝鮮の墜落を加速させる要因となった。
三大革命小組運動は、国家全般に「党中央」の統制力を強めるのが目的だった。
このため、経済発展の主役であるはずのテクノラートたちが思想検討を受けねばならなかった。
いくら技術と能力に長けていても、「党性」が好ましくなければ徹底的に疎外された。
学位と党性が優先した。
こうなると、経済の効率性は度外視され、金日成と金正日の主体業績の宣伝になる分野へ優先的に投資が行なわれた。
金日成を賞賛する宣伝をするためには、何ごとも「世界最大級」「世界一流級」が要求された。
代表的な例が順川ビナロン工場だ。
1960年代から1970年代の韓国の開発経済を率いた呉源哲元大統領府経済主席はつぎのように説明する。
当時、呉源哲は朴正熙と金日成の宿命的な対決に勝つため、北朝鮮経済の進捗状況に関して毎週1回ずつ中央情報部(李厚洛部長)から報告を受けていた。

1960年代末の北朝鮮指導部は、李升基博士のビナロン工法を「主体科学」の見本として大々的に宣伝していた。
北朝鮮に豊富に埋蔵される石炭と石灰石で人造繊維であるビナロンをとりだす工法だ。
李升基博士のビナロン工法は金日成の並々ならぬ関心の下に結実し、年産1万トン規模の「2・8ビナロン工場」が建設された。
しかし、ビナロン工法は当初から問題を抱えていた。
電力を無尽蔵に必要とする工法上の弱点と、世界的傾向にあった石油化学時代に対応できそうになかったことだ。
つまり、経済性、効率性におおいに疑問がある工法だった。
だが、すでに金日成が賞賛し、直接指示した事業なので、問題点を提起する度胸は誰にもなかった。
電気を使わず生産できる工法を開発したと禹秀煥博士が党に報告したときも、「主体科学技術」の傑作品という党の宣伝に誰も異をを唱えられなかった。
こうして、1980年代はじめに莫大な財源を投資して、平安南道順川市の広大な敷地に一都市にも匹敵する規模の「順川ビナロン工場」の建設がはじまった。
年産5万トン規模の工場になるはずだった。
1989年、ついに第1期工事が完了した。
ところが、工場は正常に操業できなかった。
禹秀煥博士の工法は「実験室用」レベルにすぎなかったのだ。
沙里院カリウム肥料工場建設でも同じ失敗が起きた。
食糧増産のため、絶対的に不足していたカリウム肥料の問題を解決するため、「世界最大級」の工場を建設したのだ。
この工場も試運転で失敗してしまった。

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この「ビナロン工場」のことは、工業の代表的な失敗例で、日本の経済学者も指摘している。
これは<船頭多くして船山に登る>ではなく、まさに<綸言汗の如し>で、一度独裁者が表明したことは、誰もが批判できなくなる。
仮に疑問を挟めば、党性と忠誠心が疑われる。
イデオロギーであれやこれやと言っている間は、実害はないが、ことは現場で結果が出てくる事柄である。
それにしても、失敗結論が出るまでに、20年程度を要している。
すべての投資が無駄=浪費にになった。

そして失敗だと分かっても、それはニュースにしないだけで、密かに関係者は処分を受け葬られる。
それとですね、当時は韓国−朴正熙政権との競争意識もあり、何でも世界一をめざしたから、失敗したときの打撃も大きい。

(他にも大小諸々ありますが、取りあえず終りです)
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