Re: 【東条内閣の和平努力】
投稿者: shinzerosen 投稿日時: 2005/10/27 21:53 投稿番号: [221926 / 232612]
東条閣下はその人柄が庶民にも親しまれていたようですね。こんな替え歌があります。「愛国行進曲」の替え歌です。
見よ
東条の禿頭
ハエがとまれば、ツルッと滑る
滑って止って
またすべる
止って
滑ってまたとまる
おお
テカテカの禿頭
そびゆる富士も眩(まぶ)しがり
あの禿どけろと
口惜し泣き
雲にかくれて
大むくれ
もと歌はこれ。
見よ
東海の空明けて
旭日(きょくじつ)
高く輝けば
天地の正気
溌刺(はつらつ)と
希望は躍る
大八洲(おおやしま)
おお
清朗の朝雲に
聳(そび)ゆる富士の姿こそ
金甌(きんおう)無欠
揺るぎなき
わが日本の
誇りなれ
閣下が総理を務めていたとき、牟田口廉也閣下が指揮したインパール作戦が強行されました。閣下はミャンマーとインド国境が兵士の屍で埋め尽くされていた頃、中央ビルマのメイミョウで酒色にふけっていたそうです。その頃の替え歌。
牟田口閣下のお好きなものは
一にクンショー
二にメーマ(ビルマ語の「女」)
三に新聞ジャーナリスト
閣下は、飢餓にさいなまれ体にウジが湧いた兵が、閣下の目の前で敬礼しなかった事を声を荒げて咎めたそうです。
「俺を誰だと思うか。俺は最高司令官だぞ」
また東条閣下は、辞任するまで陸軍の人事局長を富永恭次閣下にゆだねていましたが、この閣下は「東条の腰巾着」として有名な方でした。
富永閣下は、人事局長を辞めたあとフィリッピンに司令官として向いますが「お前達だけに行かせはしない、最後には私も参謀長の操縦する飛行機でお前達に続く」と訓示して、350機の「全軍特攻」を命じたそうです。いわゆる特攻が始まる前ですよ。
この閣下は米軍の上陸を目の前にして「部隊視察」と称して台湾に温泉旅行に出かけましたね。軍司令官殿の敵前逃亡などといわれますが、東条閣下の腰巾着ですから、腰でも悪くしてたんでしょうね。だから温泉保養にでもいったんでしょう、きっと。
ことほどさように東条閣下は庶民から尊敬され軍司令官を大事にしていました。牟田口閣下も、富永閣下もお咎めなしです。だから今でもあなたや南京虫のように東条を慕う人がいてもかまいません。あなたがたのような篤志家がいなければ東条閣下も浮かばれませんからね。
戦争なんかで詮死ぬほうが馬鹿で、利巧者は牟田口閣下や、富永閣下のようにうまく立ち回るものですよね。
靖国神社なんて、所詮立ち回りが下手だった愚か者が祀られてる神社ですよね、そうでしょ。
これは メッセージ 221903 (hangyosyufu さん)への返信です.
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