中国は「アフリカの角」でも“死の商人”
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/10/21 23:41 投稿番号: [221231 / 232612]
ぶりをいかんなく発揮
エチオピア、エリトリア双方に武器を供与しながら国連決議に賛成という偽善
国連の停戦監視団がエチオピアとエリトリアの国境へ監視ヘリコプターを派遣すると言いだしたところ、エリトリア側によって拒否された(10月19日)。この報道はNYタイムズに小さく出ている。
エリトリア?
首都はアスマラ。英語、アラビア語のほかにアファ語、ビレン語、ヘダレブ語、クナマ語など、360万人口という小国なのに十数もの部族の言語が飛びかう。かつてエリトリアはオスマン・トルコ帝国の版図。やがてイタリア植民地。戦後、エジプトに併合され、それからしばらくはエチオピアと連合を組んだ。歴史は想像以上に古い。日本外務省はエリトリアの一部地域に「退避勧告」を出している。物騒なところである。
http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=139
93年にエチオピアから独立し、数年はアジスアベバと緊密な関係が続いたが、やがて国境紛争、部族闘争を熾烈に展開。およそ十万人が死亡し、数万が行方不明、十数万の難民が出ている。凄惨な殺戮現場の写真は日本のテレビも少しは報じたことがある。国連は治安維持平和ミッション部隊(UNMEE)の3300名を当該地域に派遣している。しかし一帯に地雷が無数に埋められており、武器とともにロシア製、中国製が主である。
エリトリア大統領のイサイアス・アフォルキは、中国で軍事訓練を受けた。
アフォルキ大統領自身、朱文泉(南京軍区司令)と顧文根(南海艦隊司令員)がアスマラを訪問したときに親しく懇談している。(『ニュー・ストレート・タイムズ』、05年7月14日付け)。
朱と顧は、直前にアジスアベバにも行ってエチオピアの首相と会見している。
中国は「アフリカの角」と言われるソマリア、ジブチ、エチオピア、スーダンそして、このエリトリアに国連の武器禁輸決議にも拘わらず、秘密裏に兵器を供与し続けてきた。とくに武力衝突が続くエチオピア、エリトリアの双方に総額10億ドルもの武器を供与しているため国際社会は、「中国が武器商人の典型」と非難している(日本ではこういう情報を大手マスコミは一切伝えない)。
さて問題はこれからである。
国際地政学的に枢要な要衝である「アフリカの角」を重要視したのはレーガン時代の米国である。特にソマリア内戦時、米国は深く介入した。ソ連は地位を失墜し、この地域から影響力をうしなう。
ところがクリントン政権になって、この地政学的要衝に米国は突如として関心を失った。ジブチに監視のための米軍基地があるとはいえ、僅か1400名の兵士と民間人が駐留するのみ。その緩み、油断がエチオピアの内戦へと発展したとする分析もあるくらいだ。
そして今や「アフリカの角」は「中国の角」に化そうとしている。
中国が最初に派遣したのは例によって「特別医師団チーム」である。やがて低利融資、借款、インフラ整備のための経済支援、技術支援をおこない、橋梁、道路、病院を建設。その一方では武器、兵器システムを大量に供与して緊密な関係を築き上げた。種々のプロジェクトの入札は「政治価格」で行われ、多くが中国側の赤字とまで言われる。
前にも書いたように、中国は合計200億ドルもの投資をアフリカ諸国に行っており、アフリカの主要25ヶ国とのあいだには「中国―アフリカ協調フォーラム」を主宰(2000年に設立、03年にはアジスアベバで総会)。
また胡錦濤以下、多くの高官が手分けしてアフリア各国を歴訪するという熱の入れようである。
債務救済、特恵関税協定なども締結し、貿易でも中国製品が「アフリカの角」に位置する諸国に溢れる。また中国は珈琲豆、皮革原料、石油を輸入している。こうして国連でもアフリカの票をまとめあげ、日本の国連常任委理事国入りを阻んだときはAU(アフリカ連合)が強力な応援団となった。
AUの多くは、国連で中国の人権侵害非難決議のときも中国側にたって反対した。エチオピアは3月の「反国家分裂法」も支持したほど中国贔屓である。
(日本はこういう反対した国々への援助を減らすべきだが)。。
エリトリア財務相の国連演説(9月21日)。「我々は領土防衛のためにいかなる手段をも行使する。戦雲が近づいている」。
前月の八月に中国人民解放軍の高官が両国を訪問していたことは冒頭に書いた。両国は中国からの武器供与の約束を得たと推定できる。
アフリカの角の、もうひとつの要衝はジブチ。
この地は米軍が駐留し、東アフリカからサウジ半島のイェーメンを睨む。このジブチへ中国人民解放軍の曽剛川・国防部長、梁光烈・総参謀長が訪問し「近未来の協調路線」を
エチオピア、エリトリア双方に武器を供与しながら国連決議に賛成という偽善
国連の停戦監視団がエチオピアとエリトリアの国境へ監視ヘリコプターを派遣すると言いだしたところ、エリトリア側によって拒否された(10月19日)。この報道はNYタイムズに小さく出ている。
エリトリア?
首都はアスマラ。英語、アラビア語のほかにアファ語、ビレン語、ヘダレブ語、クナマ語など、360万人口という小国なのに十数もの部族の言語が飛びかう。かつてエリトリアはオスマン・トルコ帝国の版図。やがてイタリア植民地。戦後、エジプトに併合され、それからしばらくはエチオピアと連合を組んだ。歴史は想像以上に古い。日本外務省はエリトリアの一部地域に「退避勧告」を出している。物騒なところである。
http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=139
93年にエチオピアから独立し、数年はアジスアベバと緊密な関係が続いたが、やがて国境紛争、部族闘争を熾烈に展開。およそ十万人が死亡し、数万が行方不明、十数万の難民が出ている。凄惨な殺戮現場の写真は日本のテレビも少しは報じたことがある。国連は治安維持平和ミッション部隊(UNMEE)の3300名を当該地域に派遣している。しかし一帯に地雷が無数に埋められており、武器とともにロシア製、中国製が主である。
エリトリア大統領のイサイアス・アフォルキは、中国で軍事訓練を受けた。
アフォルキ大統領自身、朱文泉(南京軍区司令)と顧文根(南海艦隊司令員)がアスマラを訪問したときに親しく懇談している。(『ニュー・ストレート・タイムズ』、05年7月14日付け)。
朱と顧は、直前にアジスアベバにも行ってエチオピアの首相と会見している。
中国は「アフリカの角」と言われるソマリア、ジブチ、エチオピア、スーダンそして、このエリトリアに国連の武器禁輸決議にも拘わらず、秘密裏に兵器を供与し続けてきた。とくに武力衝突が続くエチオピア、エリトリアの双方に総額10億ドルもの武器を供与しているため国際社会は、「中国が武器商人の典型」と非難している(日本ではこういう情報を大手マスコミは一切伝えない)。
さて問題はこれからである。
国際地政学的に枢要な要衝である「アフリカの角」を重要視したのはレーガン時代の米国である。特にソマリア内戦時、米国は深く介入した。ソ連は地位を失墜し、この地域から影響力をうしなう。
ところがクリントン政権になって、この地政学的要衝に米国は突如として関心を失った。ジブチに監視のための米軍基地があるとはいえ、僅か1400名の兵士と民間人が駐留するのみ。その緩み、油断がエチオピアの内戦へと発展したとする分析もあるくらいだ。
そして今や「アフリカの角」は「中国の角」に化そうとしている。
中国が最初に派遣したのは例によって「特別医師団チーム」である。やがて低利融資、借款、インフラ整備のための経済支援、技術支援をおこない、橋梁、道路、病院を建設。その一方では武器、兵器システムを大量に供与して緊密な関係を築き上げた。種々のプロジェクトの入札は「政治価格」で行われ、多くが中国側の赤字とまで言われる。
前にも書いたように、中国は合計200億ドルもの投資をアフリカ諸国に行っており、アフリカの主要25ヶ国とのあいだには「中国―アフリカ協調フォーラム」を主宰(2000年に設立、03年にはアジスアベバで総会)。
また胡錦濤以下、多くの高官が手分けしてアフリア各国を歴訪するという熱の入れようである。
債務救済、特恵関税協定なども締結し、貿易でも中国製品が「アフリカの角」に位置する諸国に溢れる。また中国は珈琲豆、皮革原料、石油を輸入している。こうして国連でもアフリカの票をまとめあげ、日本の国連常任委理事国入りを阻んだときはAU(アフリカ連合)が強力な応援団となった。
AUの多くは、国連で中国の人権侵害非難決議のときも中国側にたって反対した。エチオピアは3月の「反国家分裂法」も支持したほど中国贔屓である。
(日本はこういう反対した国々への援助を減らすべきだが)。。
エリトリア財務相の国連演説(9月21日)。「我々は領土防衛のためにいかなる手段をも行使する。戦雲が近づいている」。
前月の八月に中国人民解放軍の高官が両国を訪問していたことは冒頭に書いた。両国は中国からの武器供与の約束を得たと推定できる。
アフリカの角の、もうひとつの要衝はジブチ。
この地は米軍が駐留し、東アフリカからサウジ半島のイェーメンを睨む。このジブチへ中国人民解放軍の曽剛川・国防部長、梁光烈・総参謀長が訪問し「近未来の協調路線」を
これは メッセージ 221230 (sofiansky2003 さん)への返信です.