拉致と核――失望の3年間④
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/09/16 19:07 投稿番号: [215810 / 232612]
家族が、世論が怒るから拉致問題に取り組む政府
櫻井 「9・17」の時も、小泉首相は本当に拉致被害者を助けるために行ったのか、それとも日朝平壌宣言に署名をして、国交を結ぶという名誉のために行ったのか。判別しがたいものがあります。首相のその後の言動を見れば、訪朝の目的はむしろ私たちには、後者だったとしか思えません。8人が死亡して2人は入国の記録なしと言われて、訪朝前から用意をしていた平壌宣言を一言一句変えないで署名したという事実一つとってみてもそうです。
西岡 あの日、「めぐみさんたち8人が死亡」と伝えられたあと、早紀江さんは記者会見で、「めぐみは生きていると信じ続けてこれからも闘っていきます」と言われました。出も、男は論理の世界で生きているから、政府が慎重に確認作業をしているという連絡が事前に来て、その後死亡と断定的に言われたために、私は死亡情報を信じてしまいました。「救う会」役員として拉致被害者救出運動に携わってきましたが、運動をはじめた後にめぐみさんたちが亡くなっていたら、つまり、運動をしたがために殺されていたとしたらどうすればいいんだろうかと胃がひっくり返るような思いで頭がいっぱいになり、その晩は眠れませんでした。
ところが、翌18日になって、実は確認作業など何もしていなかったということが分かった。本当に被害者を取り戻そうと思っていて平壌にまで行き、そこで死亡したと言われたら、「墓はどこにあるんだ」と普通なら口をついて出ますね。遺骨だけでも持って帰るからお墓まで連れて行けということになるんでしょう。しかし、それすら誰も言っていなかったんですよね。
横田 北朝鮮が生存していると認めた5人のうち蓮池薫さん谷地村保志さんと会いながら、写真もビデオも撮らなかったんですよね。
西岡 帰国した蓮池薫さんに聞いた話しですが、あの日、平壌で梅本和義駐英公使(当時、元外務省北東アジア課長)と面会した薫さんや地村保志さんが最初に口にした言葉は「両親は元気ですか」だったそうです。しかし、梅本公使は分かりませんとしか答えられなかった。われわれはそれまで何回も政府に陳情し、さんのお母さんが数ヶ月前に亡くなっているという話しも話しも繰り返していたにもかかわらずです。
櫻井 信じられないことですね。
西岡 だから保志さんは、お母さんが亡くなっているということはその時は分からなかった。2週間後に平壌を訪れた日本政府の調査団から初めて亡くなっていることを聞かされ、保志さんは薫さんと平壌の大同江の堤防で焼酎を飲みながら弔いをやったということでした。結局、あの時の訪朝は、拉致被害者をなんとしても取り戻そうと入念な準備をしていったわけではなく、櫻井さんが言われたように平壌宣言に署名するためだったと思わざるを得ません。
「9・17」後、小泉政権は拉致問題解決に全力を尽くすという方針に転換しました。しかしこれも、国家として拉致被害者を救う責任があるという道理からではなくて、この3年間を見る限り家族や世論が怒っているからだったに過ぎなかったのではないかと小泉首相の姿勢を疑います。
留意したいのは、家族が怒りの世論の関心が高いから政府として拉致問題に取り組むというのであれば、家族のいない被害者は見捨てられるということです。今年4月に神戸市灘区出身の田中実さんが拉致被害者として認定されましたが、田中さんについては2002年10月にクアラルンプールで行なわれた日朝交渉時に政府が北朝鮮に安否確認を求めていました。にもかかわらず、なぜこれまで認定されなかったのか。それは田中さんに家族がおらず、声を上げる人がいなかったからではないか。田中さんと同時に日本が安否確認を求めた小住健蔵さんにいたっては、昭和60年に小住さんになりすましていた北朝鮮工作員を警察が指名手配までしているにも関わらず、いまだに認定されていません。小住さんのご家族は今年7月に初めて函館での集会に参加されましたが、やはり家族が出てこないと認定されないのか。
だから、家族や世論の怒りがなくなってしまったら、小泉首相はもう拉致問題を切り捨てる可能性があるとあえて言わざるを得ない。今、早紀江さんは体の調子が悪いんです。運動も休んでもらいたいと思うんですけれども、早紀江さんもそのような政府の姿勢が分かっているから、お休みにならないんです。
(つづく)
櫻井 「9・17」の時も、小泉首相は本当に拉致被害者を助けるために行ったのか、それとも日朝平壌宣言に署名をして、国交を結ぶという名誉のために行ったのか。判別しがたいものがあります。首相のその後の言動を見れば、訪朝の目的はむしろ私たちには、後者だったとしか思えません。8人が死亡して2人は入国の記録なしと言われて、訪朝前から用意をしていた平壌宣言を一言一句変えないで署名したという事実一つとってみてもそうです。
西岡 あの日、「めぐみさんたち8人が死亡」と伝えられたあと、早紀江さんは記者会見で、「めぐみは生きていると信じ続けてこれからも闘っていきます」と言われました。出も、男は論理の世界で生きているから、政府が慎重に確認作業をしているという連絡が事前に来て、その後死亡と断定的に言われたために、私は死亡情報を信じてしまいました。「救う会」役員として拉致被害者救出運動に携わってきましたが、運動をはじめた後にめぐみさんたちが亡くなっていたら、つまり、運動をしたがために殺されていたとしたらどうすればいいんだろうかと胃がひっくり返るような思いで頭がいっぱいになり、その晩は眠れませんでした。
ところが、翌18日になって、実は確認作業など何もしていなかったということが分かった。本当に被害者を取り戻そうと思っていて平壌にまで行き、そこで死亡したと言われたら、「墓はどこにあるんだ」と普通なら口をついて出ますね。遺骨だけでも持って帰るからお墓まで連れて行けということになるんでしょう。しかし、それすら誰も言っていなかったんですよね。
横田 北朝鮮が生存していると認めた5人のうち蓮池薫さん谷地村保志さんと会いながら、写真もビデオも撮らなかったんですよね。
西岡 帰国した蓮池薫さんに聞いた話しですが、あの日、平壌で梅本和義駐英公使(当時、元外務省北東アジア課長)と面会した薫さんや地村保志さんが最初に口にした言葉は「両親は元気ですか」だったそうです。しかし、梅本公使は分かりませんとしか答えられなかった。われわれはそれまで何回も政府に陳情し、さんのお母さんが数ヶ月前に亡くなっているという話しも話しも繰り返していたにもかかわらずです。
櫻井 信じられないことですね。
西岡 だから保志さんは、お母さんが亡くなっているということはその時は分からなかった。2週間後に平壌を訪れた日本政府の調査団から初めて亡くなっていることを聞かされ、保志さんは薫さんと平壌の大同江の堤防で焼酎を飲みながら弔いをやったということでした。結局、あの時の訪朝は、拉致被害者をなんとしても取り戻そうと入念な準備をしていったわけではなく、櫻井さんが言われたように平壌宣言に署名するためだったと思わざるを得ません。
「9・17」後、小泉政権は拉致問題解決に全力を尽くすという方針に転換しました。しかしこれも、国家として拉致被害者を救う責任があるという道理からではなくて、この3年間を見る限り家族や世論が怒っているからだったに過ぎなかったのではないかと小泉首相の姿勢を疑います。
留意したいのは、家族が怒りの世論の関心が高いから政府として拉致問題に取り組むというのであれば、家族のいない被害者は見捨てられるということです。今年4月に神戸市灘区出身の田中実さんが拉致被害者として認定されましたが、田中さんについては2002年10月にクアラルンプールで行なわれた日朝交渉時に政府が北朝鮮に安否確認を求めていました。にもかかわらず、なぜこれまで認定されなかったのか。それは田中さんに家族がおらず、声を上げる人がいなかったからではないか。田中さんと同時に日本が安否確認を求めた小住健蔵さんにいたっては、昭和60年に小住さんになりすましていた北朝鮮工作員を警察が指名手配までしているにも関わらず、いまだに認定されていません。小住さんのご家族は今年7月に初めて函館での集会に参加されましたが、やはり家族が出てこないと認定されないのか。
だから、家族や世論の怒りがなくなってしまったら、小泉首相はもう拉致問題を切り捨てる可能性があるとあえて言わざるを得ない。今、早紀江さんは体の調子が悪いんです。運動も休んでもらいたいと思うんですけれども、早紀江さんもそのような政府の姿勢が分かっているから、お休みにならないんです。
(つづく)
これは メッセージ 215809 (komash0427 さん)への返信です.