小泉外交_21
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/09/02 19:50 投稿番号: [213844 / 232612]
北、虚構のシナリオ崩壊
「北朝鮮がここまで残酷で冷酷とは」
拉致被害者横田めぐみの「遺骨」が鑑定により、別人と判明した12月8日、母の早紀江は怒りで声を震わせた。
第3回日朝実務協議で北朝鮮側が、安否不明の拉致被害者10人の幕引きを狙った「虚構のシナリオ」はもろくも破綻した。
11月10日午後、平壌市内の高麗ホテル。薮中三十二外務省アジア大洋州局長らの前に、調査委員会の責任者が初めて登場した。
68歳の陳日宝は、「人民保安省捜査担当局長」と自己紹介した。だが、ほとんどの受け答えは「玄哲」と名乗る課長が行なった。
日本側には「調査委員会は本当に実在するのか」と疑う声もあった。北朝鮮側が直前に、陳の名前を「進一歩」と間違えて伝えてきたことが、疑念を増幅させた。
薮中と陳は13日午前、激しい応酬を繰り広げた。
薮中 「横田さんの遺骨を是非提供してほしい」
陳 「我々も元夫を説得しているが、プライバシーの問題があり、なかなか難しい」
普段は温厚な薮中が怒りを爆発させた。
薮中 「プライバシーとは何事だ。ふざけたことを言うな。横田さんの両親がどれほど心を痛めているか、分かっているのか」
陳 「それなら、私にも言い分がある。父は赤紙一枚で日本軍に連行されたんだ」
別の日には、こんな一幕もあった。口論の末、怒った薮中が書類を片付け、席を立とうとした瞬間、陳が胸を抑えて苦しみだしたのだ。玄は、すかさず休憩を求めた。「協議を決裂させないための猿芝居か」と、薮中らは憤った。
現地調査でも、不審な点が多かった。
薮中ら一行は、横田が入院したとされる平壌市内の「49号予防院」を訪問した。元主治医は、横田の「自殺」時の状況を説明した。
「1994年4月13日、横田さんと私、入院患者2人の計4人で松林へ散歩へ行った時のことだ」
斎木昭隆外務省アジア大洋州局審議官が詰問した。
「私が2年前、あなたから聞いた説明は『3月の暖かな日、2人で散歩に行った時』だったはずだ」
元主治医は「努力して思い出したのだ」と開き直った。カルテの提出を求めると、「特殊機関が持っていった」と交わした。
日本側の帰国前夜、横田めぐみの元夫とされるキム・チョルジュンが一人で薮中の元を尋ねた。あれほど提供を拒んでいた横田の「遺骨」を届に来たのだ。
薮中は半信半疑だった。15日に帰国すると、すぐに横田の両親に電話した。「偽物と分かれば国交正常化どころではない。北朝鮮もそんな馬鹿なことはしないだろう・・・・・」と説明した。
薮中の見通しは甘かった。約3週間後の鑑定結果は、残酷なものだった。
政府・与党内で、経済制裁の発動を求める声が噴出した。小泉首相は考え込んだ。隣で首相秘書官の1人がつぶやいた。
「仮に『国家的なウソだ』と北朝鮮を批判しても、『元夫が持っていたものを提出しただけだ』と言い訳するんでしょうねえ」
小泉は13日、河野洋平衆院議長らと夕食をともにした際、胸中を漏らした。
「北朝鮮の真意を見極める必要がある。もう少し慎重に、時間をかけて判断した方がいい。6カ国協議もあるしな・・・・・」
歴史的な小泉訪朝から2年3ヶ月(04年12月現在で)。拉致問題の解決はまだ、道半ばにも達していない。(文中敬称略。肩書きは当時)
第3回日朝実務協議の結果
2004年11月9日〜14日、平壌で
⊿北朝鮮の陳日宝・人民保安省捜査担当局長が、安否不明者10人について「8人死亡、2人未入国」と改めて説明。8人について物的資料や情報を提示。横田めぐみさんは94年3月入院、同年4月13日死亡」と再訂正
⊿横田さんの夫とされるキム・チョルジュン氏ら15人から事情聴取。病院や招待所などを視察
⊿キム氏が横田さんのものとする遺骨を提供。埋葬から2年半後に墓から取り出し、焼いた上で骨壷に入れて持っていたと説明(鑑定の結果、別人のものと判明)
⊿松木薫さんの墓周辺で見つかったとされる遺骨を北朝鮮側が提供(同)
⊿特定失踪者の加瀬テル子さんら5人は「未入国」と回答
◇
次回から関係者のインタビューを掲載します(福田、安倍、田中の3氏)。
----------------------------------------------------------------
薮中局長のやり取りについては
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143583&tid=beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da 4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y&sid=1143583&mid=162171&thr=1&cur=162139&dir=d
「北朝鮮がここまで残酷で冷酷とは」
拉致被害者横田めぐみの「遺骨」が鑑定により、別人と判明した12月8日、母の早紀江は怒りで声を震わせた。
第3回日朝実務協議で北朝鮮側が、安否不明の拉致被害者10人の幕引きを狙った「虚構のシナリオ」はもろくも破綻した。
11月10日午後、平壌市内の高麗ホテル。薮中三十二外務省アジア大洋州局長らの前に、調査委員会の責任者が初めて登場した。
68歳の陳日宝は、「人民保安省捜査担当局長」と自己紹介した。だが、ほとんどの受け答えは「玄哲」と名乗る課長が行なった。
日本側には「調査委員会は本当に実在するのか」と疑う声もあった。北朝鮮側が直前に、陳の名前を「進一歩」と間違えて伝えてきたことが、疑念を増幅させた。
薮中と陳は13日午前、激しい応酬を繰り広げた。
薮中 「横田さんの遺骨を是非提供してほしい」
陳 「我々も元夫を説得しているが、プライバシーの問題があり、なかなか難しい」
普段は温厚な薮中が怒りを爆発させた。
薮中 「プライバシーとは何事だ。ふざけたことを言うな。横田さんの両親がどれほど心を痛めているか、分かっているのか」
陳 「それなら、私にも言い分がある。父は赤紙一枚で日本軍に連行されたんだ」
別の日には、こんな一幕もあった。口論の末、怒った薮中が書類を片付け、席を立とうとした瞬間、陳が胸を抑えて苦しみだしたのだ。玄は、すかさず休憩を求めた。「協議を決裂させないための猿芝居か」と、薮中らは憤った。
現地調査でも、不審な点が多かった。
薮中ら一行は、横田が入院したとされる平壌市内の「49号予防院」を訪問した。元主治医は、横田の「自殺」時の状況を説明した。
「1994年4月13日、横田さんと私、入院患者2人の計4人で松林へ散歩へ行った時のことだ」
斎木昭隆外務省アジア大洋州局審議官が詰問した。
「私が2年前、あなたから聞いた説明は『3月の暖かな日、2人で散歩に行った時』だったはずだ」
元主治医は「努力して思い出したのだ」と開き直った。カルテの提出を求めると、「特殊機関が持っていった」と交わした。
日本側の帰国前夜、横田めぐみの元夫とされるキム・チョルジュンが一人で薮中の元を尋ねた。あれほど提供を拒んでいた横田の「遺骨」を届に来たのだ。
薮中は半信半疑だった。15日に帰国すると、すぐに横田の両親に電話した。「偽物と分かれば国交正常化どころではない。北朝鮮もそんな馬鹿なことはしないだろう・・・・・」と説明した。
薮中の見通しは甘かった。約3週間後の鑑定結果は、残酷なものだった。
政府・与党内で、経済制裁の発動を求める声が噴出した。小泉首相は考え込んだ。隣で首相秘書官の1人がつぶやいた。
「仮に『国家的なウソだ』と北朝鮮を批判しても、『元夫が持っていたものを提出しただけだ』と言い訳するんでしょうねえ」
小泉は13日、河野洋平衆院議長らと夕食をともにした際、胸中を漏らした。
「北朝鮮の真意を見極める必要がある。もう少し慎重に、時間をかけて判断した方がいい。6カ国協議もあるしな・・・・・」
歴史的な小泉訪朝から2年3ヶ月(04年12月現在で)。拉致問題の解決はまだ、道半ばにも達していない。(文中敬称略。肩書きは当時)
第3回日朝実務協議の結果
2004年11月9日〜14日、平壌で
⊿北朝鮮の陳日宝・人民保安省捜査担当局長が、安否不明者10人について「8人死亡、2人未入国」と改めて説明。8人について物的資料や情報を提示。横田めぐみさんは94年3月入院、同年4月13日死亡」と再訂正
⊿横田さんの夫とされるキム・チョルジュン氏ら15人から事情聴取。病院や招待所などを視察
⊿キム氏が横田さんのものとする遺骨を提供。埋葬から2年半後に墓から取り出し、焼いた上で骨壷に入れて持っていたと説明(鑑定の結果、別人のものと判明)
⊿松木薫さんの墓周辺で見つかったとされる遺骨を北朝鮮側が提供(同)
⊿特定失踪者の加瀬テル子さんら5人は「未入国」と回答
◇
次回から関係者のインタビューを掲載します(福田、安倍、田中の3氏)。
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薮中局長のやり取りについては
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=1143583&tid=beaec0tbcsaja4nkacdaba4h2ddbja4ka4da 4a4a4fa1ya1ya1ya1ya1y&sid=1143583&mid=162171&thr=1&cur=162139&dir=d
これは メッセージ 213843 (komash0427 さん)への返信です.