小泉首相の統治戦略④
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/08/27 13:51 投稿番号: [213214 / 232612]
4.小泉とヒトラーの共通手法
話は少し飛躍するようだが、小泉の統治戦略を知るためには、マルクス主義者が用いる「ボナパルティズム」という概念を参考にするのが便利であろう。カール・マルクスの有名な著作に『ルイ・ボナパルトのブリューメる18日』と題するものがある。それは、19世紀半ばのフランスにおける2月革命の中からルイ・ナポレオン(ナポレオン3世)が独裁体制を樹立する過程とその支配構造を描いたものだが、このマルクスの記述をもとに、近代国家における独裁の一形態を指すボナパルティズムという概念が生まれた。
ボナパルティズムとは、簡単にいえば、ブルジョワジーとプロレタリアートの両勢力が拮抗している状況のもとで生まれる独裁形態である。ブルジョワジーは、すでに単独で階級支配を続ける力を失っているが、他方、労働者階級も自身で権力を奪取するだけの力を持ち合さない。こういう力の均衡状態のもとで、農民などの中間層を基盤とする人物が、人民投票や普通選挙といった民主主義的制度を通じて政治的興隆を遂げ、相対的に自立性の高い執行権力を樹立する。この執行権力は、本質的には、「ブルジョワジーの代行者」であるが、一見すると階級を超越した全国民の代表のごとき相貌を呈する。
一般の開発途上国では、しばしば軍部の暴力に直接依拠した軍人独裁が出現するが、社会の仕組みが複雑化した近代先進国家では、独裁政治も複数の主要な社会勢力の均衡に成り立つ場合が少なくない。例えば12年間に及んだドイツ第3帝国のヒトラー独裁についても、マルクス主義者の間には、それは階級間の勢力均衡の上に成り立つ一種のボナパルティズムだと解釈する人たちもいる。
確かに、ヒトラー独裁も多元的な勢力のバランスの上にそびえ立ったものであったが、しかし、それはブルジョワジーとプロレタリアートと言う2階級間の勢力均衡にもとづく単純なものではなかった。ヒトラーが自己の独裁を保持するためにとった方法は、もう少し手が込んでいた。彼は行政・軍事・経済などの各分野ごとに、複数の勢力が相互に競い合う状況を作為的に生み出し、自分は最後の決定権を握る独裁者として立ち現れようとした。
例えば国家行政の分野では、ドイツが誇る従来の官僚機構は存続させながらそれと並行してナチ当の党組織を全国に張り巡らし、しかも、両者相互の権限関係は曖昧にしておいた。その結果、第3帝国時代のドイツでは、行政の各レベルで官僚機構とナチ党組織との間で軋轢や対立が生じたが、そのことによってヒトラーは最後の決定権を握り、自らの独裁的地位を確保したのである。
繰り返していうが、小泉政権をただちにナチズムあるいは独裁呼ばわりするのは、あまりに性急に過ぎ、滑稽でさえある。だが、複数の勢力の間に意図的に競合関係を作り出し、その均衡の上に自らの権力上の超越的な地位を築くという手法に限っていえば、ヒトラー独裁と小泉政権との間には一脈通じるものを認めることができよう。
政権獲得後のヒトラーは、ナチ革命を呼号しながらも、ナチ運動を一方的に煽り立てることはせず、絶えずアクセルとブレーキを交互に踏み分けた。それによって推進勢力と抵抗勢力との拮抗関係を保とうとした。
2002年2月に外相を更迭された田中真紀子が国会で次のように語ったことは、まだ記憶に残っているだろう。「(小泉首相から)自由にやれやれといわれたが、私が前へ出ようとすると、スカートを踏まれて出られない。振り返ってみると、スカートのすそを踏んでいるのは、言っているご本人だった」(大意)
田中の外相としての評価は別にして、少なくともこの発言は、小泉の政治手法の本質を辛辣についていたといえよう。だが、小泉にしてみれば、ヒトラーの場合と同様に、自分の手に最終的な決定権を確保し、最高指導者としての優越した地位を持続させるためには、構造改革についてアクセルとブレーキを踏み分けることが不可欠だったのである。
(続く)
話は少し飛躍するようだが、小泉の統治戦略を知るためには、マルクス主義者が用いる「ボナパルティズム」という概念を参考にするのが便利であろう。カール・マルクスの有名な著作に『ルイ・ボナパルトのブリューメる18日』と題するものがある。それは、19世紀半ばのフランスにおける2月革命の中からルイ・ナポレオン(ナポレオン3世)が独裁体制を樹立する過程とその支配構造を描いたものだが、このマルクスの記述をもとに、近代国家における独裁の一形態を指すボナパルティズムという概念が生まれた。
ボナパルティズムとは、簡単にいえば、ブルジョワジーとプロレタリアートの両勢力が拮抗している状況のもとで生まれる独裁形態である。ブルジョワジーは、すでに単独で階級支配を続ける力を失っているが、他方、労働者階級も自身で権力を奪取するだけの力を持ち合さない。こういう力の均衡状態のもとで、農民などの中間層を基盤とする人物が、人民投票や普通選挙といった民主主義的制度を通じて政治的興隆を遂げ、相対的に自立性の高い執行権力を樹立する。この執行権力は、本質的には、「ブルジョワジーの代行者」であるが、一見すると階級を超越した全国民の代表のごとき相貌を呈する。
一般の開発途上国では、しばしば軍部の暴力に直接依拠した軍人独裁が出現するが、社会の仕組みが複雑化した近代先進国家では、独裁政治も複数の主要な社会勢力の均衡に成り立つ場合が少なくない。例えば12年間に及んだドイツ第3帝国のヒトラー独裁についても、マルクス主義者の間には、それは階級間の勢力均衡の上に成り立つ一種のボナパルティズムだと解釈する人たちもいる。
確かに、ヒトラー独裁も多元的な勢力のバランスの上にそびえ立ったものであったが、しかし、それはブルジョワジーとプロレタリアートと言う2階級間の勢力均衡にもとづく単純なものではなかった。ヒトラーが自己の独裁を保持するためにとった方法は、もう少し手が込んでいた。彼は行政・軍事・経済などの各分野ごとに、複数の勢力が相互に競い合う状況を作為的に生み出し、自分は最後の決定権を握る独裁者として立ち現れようとした。
例えば国家行政の分野では、ドイツが誇る従来の官僚機構は存続させながらそれと並行してナチ当の党組織を全国に張り巡らし、しかも、両者相互の権限関係は曖昧にしておいた。その結果、第3帝国時代のドイツでは、行政の各レベルで官僚機構とナチ党組織との間で軋轢や対立が生じたが、そのことによってヒトラーは最後の決定権を握り、自らの独裁的地位を確保したのである。
繰り返していうが、小泉政権をただちにナチズムあるいは独裁呼ばわりするのは、あまりに性急に過ぎ、滑稽でさえある。だが、複数の勢力の間に意図的に競合関係を作り出し、その均衡の上に自らの権力上の超越的な地位を築くという手法に限っていえば、ヒトラー独裁と小泉政権との間には一脈通じるものを認めることができよう。
政権獲得後のヒトラーは、ナチ革命を呼号しながらも、ナチ運動を一方的に煽り立てることはせず、絶えずアクセルとブレーキを交互に踏み分けた。それによって推進勢力と抵抗勢力との拮抗関係を保とうとした。
2002年2月に外相を更迭された田中真紀子が国会で次のように語ったことは、まだ記憶に残っているだろう。「(小泉首相から)自由にやれやれといわれたが、私が前へ出ようとすると、スカートを踏まれて出られない。振り返ってみると、スカートのすそを踏んでいるのは、言っているご本人だった」(大意)
田中の外相としての評価は別にして、少なくともこの発言は、小泉の政治手法の本質を辛辣についていたといえよう。だが、小泉にしてみれば、ヒトラーの場合と同様に、自分の手に最終的な決定権を確保し、最高指導者としての優越した地位を持続させるためには、構造改革についてアクセルとブレーキを踏み分けることが不可欠だったのである。
(続く)
これは メッセージ 213213 (komash0427 さん)への返信です.