小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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小泉外交_13

投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/08/27 01:33 投稿番号: [213170 / 232612]
  「三元外交」も最後は首相

  小泉首相の再訪朝構想がまだ芽吹いてもいなかった今年の春頃、日本側は3つのルートで北朝鮮と接触していた。

  第1は、外務省の田中均外務審議官、薮中三十二アジア大洋州局長ときたちょうせんのミスター「X」との政府間ルート。第2は、自民党の山崎拓前副総裁、平沢勝栄衆院議員と鄭泰和日朝交渉担当大使らのルート。第3が飯島勲首相秘書官と在日総連合会「朝鮮総連」最高幹部のルート。相互の連携はほとんどなく、"三元外交"といってもおかしくないばらばらな状態だった。

  田中らは「次回日朝協議では、原則論でなく、建設的な議論をしたい」と北朝鮮側に打診した。官房副長官クラスを拉致被害者の家族8人の迎えに派遣する、という外交カードをきる時期を図っていた。

  だが、北朝鮮側は、山崎や飯島との接触の中で「より大物の訪朝」を求め、既成事実化して行った。

  「北朝鮮は、山崎、飯島の両ルートと政府間ルートを比べて、どの条件で8人を帰すのが一番得か、天秤にかけていた」

  小泉に近い政府高官は、こう指摘する。

  様々な情報が飛び交う中で、小泉の態度は明快だった。8人の帰国を再優先する、ということだった。

  小泉は4月28日、自らの再訪朝を前提と交渉するよう田中らに指示した。田中らは早速、動いた。北朝鮮側に電話で小泉再訪朝を打診し、前向きの感触を得た。

  だが、問題もあった。曽我ひとみの夫の米軍脱走兵、チャールズ・ジェンキンスの扱いだった。

  田中や藪中はこの時点で、小泉自身が「米国に身柄を引き渡さない。一家4人は日本にとどめる」と、ジェンキンスを説得するシナリオを考えていた。ただ、「ジェンキンスは我々を信じてくれるだろうか」「米国は日米地位協定に基づき身柄引渡し訴訟を起こすかもしれない」といった不安を抱いていた。

  田中らは連休中の5月4、5日の両日、北京で再度の日朝協議に臨んだ。相手は鄭と宋日昊外務省副局長だった。

  鄭らは、しきりに日本の世論の動向を気にかけた。

  鄭「2年前の日朝首脳会談で拉致を認め、拉致被害者を日本に返した。日本の世論が良くなると期待していたのに、逆に悪化した」

  田中「家族8人を人質のように扱っているからだ。全員を返せば日本の国民感情もずいぶん変わるだろう」

  鄭らは「それを保障できるか」と念を押したが、田中からはこう答えざるを得なかった。

  「そんな保障はできない」

  さらに、田中は「8人の帰国に加え、安否不明者の徹底調査も必要だ。これが解決しなければ日朝国交正常化交渉を再開しても絶対に妥結しない。経済協力も行われない」と力説した。

  ようやく8人の帰国に関する大筋の合意はできた。

  小泉はこの北京会談の報告を受け、5月7日、辞任した福田官房長官の後任に昇格した細田博之官房副長官に対し、こう告げた。

  「私が訪朝する前提で交渉に当ってくれ。まとまったら行く。被害者も国民も必ず分かってくれる」

  だが、田中らの努力にもかからず、8人全員の帰国は、首脳会談当日になっても。北朝鮮側から確約が得られなかった。初訪朝と同様、リスクを負った再訪朝だった。

  (敬称略、肩書きは当時)
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