小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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小泉外交_6

投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/08/24 12:22 投稿番号: [212712 / 232612]
痛恨の極み・・・・・・・・「八人死亡」

  1年間の苦労が水泡に帰すかのような衝撃だった。

  北朝鮮が示した拉致被害者の「8人死亡」情報。小泉首相や田中均外務省アジア大洋州局長の予想をはるかに越えていた。

  2002年9月17日午後、平壌の「百花園招待所」の一室。日朝首脳会談を終えた小泉の表情は険しかった。その隣で、首相秘書官の一人が声を上げた。

  「あれ、家族への言葉が全くないですね」

  外務省が作成した小泉の記者会見の冒頭発言要領に、「死亡」とされた被害者8人の家族らをいたわる言葉が一切なかったのだ。

  「『痛恨の極みであります』と入れてはどうか」

  安倍晋三官房副長官が提案した。小泉はその通り発言し、記者会見は一応、事なきを得た。拉致問題に関する事前準備の不十分さを浮き彫りにした一幕だった。

  なぜこんなことが起きたのか。

  日朝平壌宣言の原案が配られ、多くの出席者が仰天した8月21日の外務省幹部会議で、極秘交渉を進めてきた田中は、9月の小泉訪朝後の日朝関係について、極めて楽観的かつ強気の見通しを示した。

  「年内にも、国交正常化は実現するでしょう」

  小泉や田中らにすれば、困難な国交正常化交渉だからこそ、首脳会談をばねに一気に進めた方がいい、という判断があったようだ。「日本外交史に残る偉業を成し遂げたい、という功名心にかられた」との指摘もある。

  「拉致問題は機微だ」が当時の田中の口癖だった。それを理由に、自分と平松賢司北東アジア課長の2人だけで拉致問題の交渉を仕切った。他の外務省幹部には一切関与させなかった。

  田中らの手法は省内から「秘密主義」との批判を招いた。後日、「田中は事前に安否情報を知っていたのではないか」との憶測を呼んだほどだ。

  実際は、日朝の事前折衝でも、「ミスターX」らは、「拉致問題を判断できるのは金正日総書記だけだ」と言い張り、何も明かさなかったという。

  結局、首脳会談当日の「出たとこ勝負」となった。

  「どんな安否情報が出ようとも、徹底した真相究明を求めよう」。小泉と田中らは訪朝前、こんな対処方針を定めるのが精一杯だった。

  外交に秘密は欠かせないが、初訪朝ではそれが「詰めの甘さ」を招いた。

  (敬称略。肩書きは当時)
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