小泉外交_5
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/08/22 22:55 投稿番号: [212551 / 232612]
問題解決「トップ会談しかない」
独裁国家・北朝鮮では、重要な意思決定はすべて金正日総書記一人が行なっている。日本人拉致問題などを打開するには、金正日を動かすための首脳会談を行なうしかない。小泉首相が訪朝を決断したのは、ある意味で必然だった。
訪朝前、金正日の意思一つで、北朝鮮高官の対応が大きく変わった例は多い。
2002年7月31日、ブルネイで行われた日朝外相会談。
「近くて遠い国が、近くて近い国になりましたね」
北朝鮮の白南淳外相は笑顔でこう語り、川口外相の手を握り締めた。
会談後の共同発表文には、日本人拉致問題について「人道上の懸案問題」と明記された。白は2年前の河野外相との会談で、拉致問題を目指す「人道上の懸案」という表現にさえ強く反対した。今回、白の姿勢はひょう変していた。もちろん、金正日の意向を反映したものだった。
北朝鮮が柔軟な姿勢を固めたのは、少なくとも川口・白会談の6日前の7月15日と見られる。その理由はこうだ。
その日午後、北朝鮮は、6月末の黄海での韓国高速艇銃撃事件について「遺憾の意」を韓国側に伝えた。数時間後の夕方には、川口が日朝外相会談を発表した。
「遺憾」表明は、外務省の田中均アジア大洋州局長が「日朝関係を良くしようという時に、あんな事件は困る」とミスターXに要求していたものだ。北朝鮮側がこれを受け入れたことにより、外相会談の日程も確定した。
一見、別々に見える2つの出来事が実は、密接に連動していたのだ。
8月下旬、平壌で行なわれた日朝局長級協議でも、金正日の意向を受けた、北朝鮮側の「日本重視」の姿勢が目立った。
「日本は国交正常化と日朝間の諸懸案の解決に真摯に取り組む」
田中らは8月24日、洪成南首相を表敬訪問した際、金正日あての小泉のメッセージを伝えた。北朝鮮の首相が局長級の外交官に会うこと自体が異例のことだった。
2日後、田中らは、北朝鮮外務省に呼ばれた。予定外の姜錫柱・第1外務次官との会談が設けられたのだ。姜は「メッセージは特別列車で移動中の金総書記に伝えました」と説明した。当時、金正日は露朝首脳会談を終え、ウラジオストックから帰国する途中だった。
局長級協議終了後の平壌での記者会見。田中は、今後の日朝関係に関して、3つのキーワードをあげた。
「時限性」−国交正常化交渉再開の是非の方向性を1ヶ月以内に出す。
「包括性」−過去の清算を他の懸案と一緒に解決する。
「政治的意思」−両首脳による政治判断で日朝間の懸案解決に取り組む。
「当時は誰も気がつかなかったが、3つのキーワードは、9月の首脳会談を示唆するものだった」と、外務省幹部は語る。
8月30日の小泉訪朝の発表を受け、第1次先遣隊が平壌入りした。
先遣隊の代表は、外務省の課朝級だったが、空港で出迎えたのは、格上の馬哲洙外務省アジア局長だった。北朝鮮側は、先遣隊を「偉大なる将軍様の客人として丁重に扱った。
このころ、小泉は訪朝の勉強会を重ねていた。
「首脳会談では、決して笑わないでください」
「握手は両手でなく、片手のほうがいいでしょう」
田中や飯島勲秘書官らが助言した。
9月17日朝、ピョンヤンの順安空港。小泉は厳しい表情で政府専用機のタラップを降りた。トップ会談で北朝鮮の対応を前向きに変えようとした日本側の戦略は、この時点までは一応、順調だった。
(敬称略、肩書きは当時)
独裁国家・北朝鮮では、重要な意思決定はすべて金正日総書記一人が行なっている。日本人拉致問題などを打開するには、金正日を動かすための首脳会談を行なうしかない。小泉首相が訪朝を決断したのは、ある意味で必然だった。
訪朝前、金正日の意思一つで、北朝鮮高官の対応が大きく変わった例は多い。
2002年7月31日、ブルネイで行われた日朝外相会談。
「近くて遠い国が、近くて近い国になりましたね」
北朝鮮の白南淳外相は笑顔でこう語り、川口外相の手を握り締めた。
会談後の共同発表文には、日本人拉致問題について「人道上の懸案問題」と明記された。白は2年前の河野外相との会談で、拉致問題を目指す「人道上の懸案」という表現にさえ強く反対した。今回、白の姿勢はひょう変していた。もちろん、金正日の意向を反映したものだった。
北朝鮮が柔軟な姿勢を固めたのは、少なくとも川口・白会談の6日前の7月15日と見られる。その理由はこうだ。
その日午後、北朝鮮は、6月末の黄海での韓国高速艇銃撃事件について「遺憾の意」を韓国側に伝えた。数時間後の夕方には、川口が日朝外相会談を発表した。
「遺憾」表明は、外務省の田中均アジア大洋州局長が「日朝関係を良くしようという時に、あんな事件は困る」とミスターXに要求していたものだ。北朝鮮側がこれを受け入れたことにより、外相会談の日程も確定した。
一見、別々に見える2つの出来事が実は、密接に連動していたのだ。
8月下旬、平壌で行なわれた日朝局長級協議でも、金正日の意向を受けた、北朝鮮側の「日本重視」の姿勢が目立った。
「日本は国交正常化と日朝間の諸懸案の解決に真摯に取り組む」
田中らは8月24日、洪成南首相を表敬訪問した際、金正日あての小泉のメッセージを伝えた。北朝鮮の首相が局長級の外交官に会うこと自体が異例のことだった。
2日後、田中らは、北朝鮮外務省に呼ばれた。予定外の姜錫柱・第1外務次官との会談が設けられたのだ。姜は「メッセージは特別列車で移動中の金総書記に伝えました」と説明した。当時、金正日は露朝首脳会談を終え、ウラジオストックから帰国する途中だった。
局長級協議終了後の平壌での記者会見。田中は、今後の日朝関係に関して、3つのキーワードをあげた。
「時限性」−国交正常化交渉再開の是非の方向性を1ヶ月以内に出す。
「包括性」−過去の清算を他の懸案と一緒に解決する。
「政治的意思」−両首脳による政治判断で日朝間の懸案解決に取り組む。
「当時は誰も気がつかなかったが、3つのキーワードは、9月の首脳会談を示唆するものだった」と、外務省幹部は語る。
8月30日の小泉訪朝の発表を受け、第1次先遣隊が平壌入りした。
先遣隊の代表は、外務省の課朝級だったが、空港で出迎えたのは、格上の馬哲洙外務省アジア局長だった。北朝鮮側は、先遣隊を「偉大なる将軍様の客人として丁重に扱った。
このころ、小泉は訪朝の勉強会を重ねていた。
「首脳会談では、決して笑わないでください」
「握手は両手でなく、片手のほうがいいでしょう」
田中や飯島勲秘書官らが助言した。
9月17日朝、ピョンヤンの順安空港。小泉は厳しい表情で政府専用機のタラップを降りた。トップ会談で北朝鮮の対応を前向きに変えようとした日本側の戦略は、この時点までは一応、順調だった。
(敬称略、肩書きは当時)
これは メッセージ 212474 (komash0427 さん)への返信です.