小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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小泉外交_4

投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/08/21 22:34 投稿番号: [212474 / 232612]
  「首相と直結」テコに極秘交渉

  外交の世界では、困難な事態を打開し、物事を動かすのは、公式の交渉よりも、水面下の非公式交渉の方が多い。

  小泉訪朝もそうだった。訪朝をお膳立てした外務省の田中均アジア大洋州局長と北の「ミスターX」。2人の極秘交渉はどんな経緯で始まったのか。発端から振り返る。

  始まりは、北朝鮮からの一本の電話だった。

  「責任ある立場の人と、是非お会いしたい」

  2001年9月11日の米同時テロ前後。Xが、仲介者を通じ、田中の前任の槙田邦彦局長に接触を図った。約2週間後、田中は槙田と交替し、このルートを引き継いだ。10月には早速、交渉に入った。

  日本側は、田中、平松賢司北東アジア課長、通訳。北朝鮮側は、X、記録係、通訳。「3人対3人」が交渉の基本スタイルだった。

  田中らは当初、半信半疑だった。軍関係者を名乗るXが、金正日総書記ら北朝鮮指導部とどの程度つながっているのか。

  田中はXの「クレディビリティ・チェック(信頼性確認)」を進めた。その一方で一計を案じた。自分の信頼性を高めるため、「小泉首相との近さ」をアピールする作戦に出たのだ。

  田中の念頭にあったのは金正日の「懐刀」の姜錫柱第1外務次官のことだ。

  姜は2001年1月、森首相側近の中川秀直・前官房副長官とシンガポールで密会し、「トップ会談」を持ちかけた。相手国のトップに近い人物に接近したがるのは、北朝鮮の外交の常だ。

  田中は、Xと接触する前後に、あえて小泉を首相官邸に訪ねた。新聞の首相動静欄に自分の名を載せるためだ。Xにも念を押した。

  「私はちゃんと小泉首相とも相談したうえで、ここに来ているんですよ」

  読売新聞の「小泉首相の1日」欄によると、田中が小泉訪朝までの1年間で、小泉と2人きりであったのは27回。月曜と金曜が各8回で最も多かった。原則として、週末にXと接触していたことを裏付ける。

  田中とXとの北京などでの極秘交渉は、1年間で約25回を数えた。

  Xは熱心に議論した。交渉は一進一退が続いた。拉致、経済協力に加え、核問題でも激しく対立した。

  X「核とミサイルの問題は米国と交渉する話だ。日本とやる話じゃない」

  田中「核とミサイルは日本の安全保障にかかわる。この問題が進展しなければ、日朝関係は進まない」

  交渉の障害は、思わぬところからも生じた。

  2002年5月8日、中国・瀋陽の日本総領事館で、脱北者5人が中国警察に連行されたのだ。担当局長の田中は対応に追われた。川口外相はやむなく、その週末に予定していた田中とXとの交渉を延期するよう指示した。

  交渉が大詰めを迎える中、田中らにとっては、最も苦しい時期だったという。田中を励まし続けたのは、古川貞二郎官房副長官だった。

  「日朝関係を改善する大儀は何か。この地域に平和をつくることじゃないか」

  もう一つの障害もあった。北朝鮮籍と見られる不審船の引き上げ問題だ。

  不審船が前年末(2001年)に沈没したのは、東シナ海の中国の排他的経済水域(EEZ)内だった。

  北朝鮮のXは実は、引き上げにあえて反対せず、"黙認"する姿勢を見せていた。むしろ問題だったのは、中国側との調整だった。

  「早期引き上げ」を主張する海上保安庁や防衛庁の幹部に対し、田中が「日本の引き上げ船が、中国の軍艦に取り囲まれたらどうするんだ」とかみつく場面もあった。最後は福田官房長官が調整に乗り出した。

  結局、中国側との調整が整い、不審船が引き上げられたのは9月11日。首相訪朝の6日前のことだった。
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北朝鮮をめぐる各国の動き

1999年   朝鮮半島調整官ウィリアム・ペリー(元国防長官)の訪朝
2000年6月   金大中大統領の訪朝(後に金大中は森首相へ訪朝を推奨)
2000年10月   趙明禄国防委員会第一副委員(ナンバー2とされている)の訪米
2000年10月   EU6カ国が北朝鮮と国交樹立

2000年11月   オルブライト国務長官の訪朝(この年の12月末、クリントン政権末期まで国務省はクリントン訪朝実現に向けて努力していた)

2001年   1月にブッシュ政権発足   北朝鮮政策を見直し   4月には小泉政権発足

2001年   1月   中川秀直氏と姜錫柱氏がシンガポールで密会

2001年9月?   北朝鮮からの電話

米国との国交関係を望む北朝鮮は外堀を埋めつつ「将」を射るために日本へ照準を当てた、と見えなくもない。
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