トピずれ〜分祀論について
投稿者: shinzerosen 投稿日時: 2005/07/17 20:35 投稿番号: [208635 / 232612]
いわゆる分祀問題は個人の信仰=良心に関わる問題である。分祀推進論は中国韓国の執拗な抗議もあって容易に反感を招くが、ことは決して単純ではない。
合祀容認論←東京裁判否定論←大東亜戦争肯定論
合祀論はこの流れの中にある。また合祀論は昨今の愛国的風潮とも合致する。
分祀問題は、靖国神社がそもそも戦没者の霊を慰める場であるから、大東亜戦争アジア解放論や、東京裁判とからめて論ずべきではない。
根本的には、戦争犠牲者、遺族、その関係者一人一人の心と、靖国神社本体との信頼の問題であると考える。合祀によって神社に裏切られたと感じたご遺族も少なからずいたのではないか。
戦争犠牲者の悲しみ、苦しみは他人が代わることができない。他人と分かち合えないから信仰の問題であり、靖国神社は純粋に遺族の慰霊の場であるべきだ。
国の命令で戦地に赴き亡くなられた遺族の悲しみを慰める場所、国家と国民が感謝を捧げる場所、それこそがこの神社のレゾンデートルである。
総理退任直後の東条家には世間から厳しい批判が集まった。そのため東条の子(由布子の父)は日本窒素を辞めさせられ、一家は転々と居を移さざるを得なかったという。(7月3日、サンデープロジェクト)
同じ事は最近もサリン事件の首謀者の家族にあった。東条家も同じ屈辱を味わったということだ。
当時東条家が世間からどのような見方をされていたかがわかる逸話である。
従兄弟や伯父が祀られているという田原が、東条総理は一身に罪を背負って刑台に消えたのであり、東条家も東条が天皇を、国を護って刑台に上ったのだからそれを誇りとすることで十分ではないか、あえて神様に祀られなくてもいいのではないかと言っていたが、正論と思う。
由布子の答えは、国から名簿が送られてきたから祀ったのだと。詭弁というべきである。
靖国神社に代わる慰霊施設など無駄である。第二の靖国神社になるにすぎないからだ。
外国の戦地で亡くなった方と敵方を、ともに祀る追悼施設など国民感情からできないのだ。
外国方の戦没者を祭らずに日本人だけ慰霊すれば、靖国神社と同じである。これが靖国神社が敵方を祀ってこなかった所以であろう。
国の命令で戦地に赴き亡くなられた方を祀るのは国の責任である。心ある国民は感謝を捧げるべきである。これは近代国家が国民国家であることの必然である。
旧軍の亡霊のような前の宮司の影響を除き、国家護持として祭神を国が管理する。
地に落ちた日本人のモラルも復活するであろう。
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.
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