小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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金王朝を崩壊に追いつめる⑤

投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/07/03 07:51 投稿番号: [207466 / 232612]
  「北朝鮮にはどのような組織的反体制も存在しないはずだから、そうした暴発など起こるはずがない」という主張が、時に行なわれる。しかし1989年の東ドイツの革命も、反体制派が組織的に活動した結果ではなかった。それは役に立たず正統姓に欠けるものとして受け取られるようになり、外国の支援をも失った(89年以前、東ドイツの国民は、国内のいかなる騒擾もソ連軍によって弾圧されることを知っていた)政府に対する大衆の不満の結果であった。東ドイツでは革命に先立って大衆の不満が爆発するということはなかった。89年の春ですら。体制は恒例の一党制選挙で恒例の99%の票を得ていた。いつも反乱をおこしているポーランド人と違って、89年以前の東ドイツでは圧倒的多数の国民が体制に満足しているように見えた。しかし、その満足は幻想でしかなかった。

  このように北朝鮮体制の平和的な、安上がりな、無痛の改変という「太陽政策」推進派の夢は、自分たちが真剣に対処せず、その存在についても忘れている勢力――他でもない北朝鮮の人民大衆と、抑圧的で経済的に非効率な政府から解放されたいという人民の願望――によって、おそらく破られることになる。「太陽政策」の主な唱導者は今では、ふだん歴史における「人民大衆の役割」なるものについて語りたがる、韓国の左派である。しかし、奇怪なことに、彼らは、北朝鮮に住んでいるのがロボットではなく生きた人間、つまり自分なりの利害や願望を持つ「人民大衆」そのものであるということを忘れている。北朝鮮の一般住民は、ソウルと平壌の指導者が大いに必要とする「政治的安定」を保障することだけのために、自らの利害を犠牲にし、窮乏に耐えるつもりなどまったくない

  反対に平壌の指導部は事態をまさにきわめて正しく見ており、「太陽政策」推進派が主張するような改革が危険であることを、はっきり理解しているように見える。金正日とその側近は、東ヨーロッパでの改革がいかに早く革命に転化したかを目撃していた。1990年から2005年におよぶまで北朝鮮体制が生き残ったその主な秘訣は、おそらく改革を頑なに一貫して拒否してきたことにこそある。改革とは、上記のような大衆の活発化の過程を速めうるだけである。もしも金日成が90年にきわめて恵み深い改革を開始することを決心していたなら、彼が自分のベッドで死ねたかどうかわからない。そこで北朝鮮政府は危険な政治的実験を拒否した――そして権力の座にとどまれた。最もその成果は政府の目から見ただけの成果であるにすぎない。96〜99年の大飢饉のときに死んだ60〜90万の人々は、そうした「成果」のために命を落としたのである。北朝鮮指導部が改革に踏み切っていたなら、人々の命は救うことができたのだ。しかし平壌はそうした改革は体制の崩壊をもたらすと考えた(おそらく、それはまったく正しかった)、そして人々は犠牲になった。
(つづく)
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