「金王朝を崩壊に追いつめる①
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/07/03 07:47 投稿番号: [207462 / 232612]
こちらが要約したものの全文
「半島統一」は遠い将来?
15年前、1990年代初めのソウルでは、高揚した気分がみなぎっていた。世界最後のスターリン主義体制である北朝鮮はもうすぐ崩壊すると誰もが予想していた。地政学好きのソウルの空想家たちは、強大な統一朝鮮というものを夢想した。統一朝鮮はもちろん経済力と軍事力で日本を圧倒して、「東アジアの中心になるのである(その際なぜか、中国の存在は考慮に入れられなかった)。世界中の大部分の朝鮮専門家が、何らかの形で、北朝鮮の崩壊は間近だと予想していた。90〜95年には、世界の大部分の国が、北朝鮮の余命はわずか3〜4年しかないという予想に基づいて政策をたてていた。
現在のわれわれはそうした予想があたらなかったことを知っているが、15年前にはそう予想することに多くの根拠があったのである。89〜91年、地球上の共産主義政府が事実すべて崩壊した。残った政権も、「共産主義政府」と自称するにはかなりの無理なこじつけをしなければならなかった。
北朝鮮の状況は特に深刻に見えた。北朝鮮は極度に貧しく、極端に外国からの援助に依存しており、しかも70年代にはすでに時代遅れと思われるような手法で統治されていたからである。
ところが、93から94年にはもう、ソウルの政治家たちがいささか失望せざるを得ないような二つの事情が出来(しゅったい)した。第1に、平壌は国内情勢を上手く把握しつつあるということ。また金一族が、かの「歴史のはきだめ」にすぐに捨てられそうにないということが明らかになったことである。第2に、ドイツ統一という複雑な経験と経済学者の計算のおかげで、ソウルにとって朝鮮の統一は―少なくとも中期的展望ではー得にならないとわかったことである。
ソウルでは、何十年も国家統一というものが、韓国の公式の国家神話の中で最重要課題としての役割を果たしていた。しかし結果的には統一は脅威であり、できれば避けたほうがいい、あるいは少なくとも先送りしたほうがいいような、不快な出来事として語られるようになった。もちろん韓国には、「統一は望ましくない」などと公然と口にする勇気のある者はいない。「統一の回復」ということが、あまりに長くソウルのイデオロギー全体の核心をなしていたからである(ちなみに、それは平壌の場合も同じである)。それゆえ、ソウルの為政者たちはあえて、「統一が望ましくない」ということではなく、ゆっくりと段階を追うような、整然とした統一形態が望ましく、しかもその統一はできるだけ遠い将来に実現すべきである、と語りたがる。
北朝鮮と何らかの形でつながりのあるほかの国々の政策にも、それに似た変化が生じた。北朝鮮の体制が崩壊するという緊迫を伴った予想は「この体制とはこれからもかなり長い時間関わりを持たざるを得ない」という判断、また「その体制が崩壊すれば、おそらく朝鮮半島を囲む隣国すべてに多くの問題を生じさせるだろう」という判断に変わった。
(つづく)
「半島統一」は遠い将来?
15年前、1990年代初めのソウルでは、高揚した気分がみなぎっていた。世界最後のスターリン主義体制である北朝鮮はもうすぐ崩壊すると誰もが予想していた。地政学好きのソウルの空想家たちは、強大な統一朝鮮というものを夢想した。統一朝鮮はもちろん経済力と軍事力で日本を圧倒して、「東アジアの中心になるのである(その際なぜか、中国の存在は考慮に入れられなかった)。世界中の大部分の朝鮮専門家が、何らかの形で、北朝鮮の崩壊は間近だと予想していた。90〜95年には、世界の大部分の国が、北朝鮮の余命はわずか3〜4年しかないという予想に基づいて政策をたてていた。
現在のわれわれはそうした予想があたらなかったことを知っているが、15年前にはそう予想することに多くの根拠があったのである。89〜91年、地球上の共産主義政府が事実すべて崩壊した。残った政権も、「共産主義政府」と自称するにはかなりの無理なこじつけをしなければならなかった。
北朝鮮の状況は特に深刻に見えた。北朝鮮は極度に貧しく、極端に外国からの援助に依存しており、しかも70年代にはすでに時代遅れと思われるような手法で統治されていたからである。
ところが、93から94年にはもう、ソウルの政治家たちがいささか失望せざるを得ないような二つの事情が出来(しゅったい)した。第1に、平壌は国内情勢を上手く把握しつつあるということ。また金一族が、かの「歴史のはきだめ」にすぐに捨てられそうにないということが明らかになったことである。第2に、ドイツ統一という複雑な経験と経済学者の計算のおかげで、ソウルにとって朝鮮の統一は―少なくとも中期的展望ではー得にならないとわかったことである。
ソウルでは、何十年も国家統一というものが、韓国の公式の国家神話の中で最重要課題としての役割を果たしていた。しかし結果的には統一は脅威であり、できれば避けたほうがいい、あるいは少なくとも先送りしたほうがいいような、不快な出来事として語られるようになった。もちろん韓国には、「統一は望ましくない」などと公然と口にする勇気のある者はいない。「統一の回復」ということが、あまりに長くソウルのイデオロギー全体の核心をなしていたからである(ちなみに、それは平壌の場合も同じである)。それゆえ、ソウルの為政者たちはあえて、「統一が望ましくない」ということではなく、ゆっくりと段階を追うような、整然とした統一形態が望ましく、しかもその統一はできるだけ遠い将来に実現すべきである、と語りたがる。
北朝鮮と何らかの形でつながりのあるほかの国々の政策にも、それに似た変化が生じた。北朝鮮の体制が崩壊するという緊迫を伴った予想は「この体制とはこれからもかなり長い時間関わりを持たざるを得ない」という判断、また「その体制が崩壊すれば、おそらく朝鮮半島を囲む隣国すべてに多くの問題を生じさせるだろう」という判断に変わった。
(つづく)
これは メッセージ 207429 (komash0427 さん)への返信です.