6>戦犯合祀は第二の統帥権侵害
投稿者: shinzerosen 投稿日時: 2005/06/17 22:09 投稿番号: [206639 / 232612]
余り繰り返しやり取りするのもむなしい感じがしないでもない。論旨の発展がないからだ。一つだけ言っておく。
人に様々な生き方があるように霊にも様々あるのではないかということだ。犯罪を犯して刑死された霊と大事な仕事を残して大勢に惜しまれてなくなった霊とは違うはずだ。
植村真久氏の御遺書の一部を引用する。:「私は、お前が大きくなって、立派な花嫁さんになって、仕合せになったのを見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまゝ死んでしまっても、決して悲しんではなりません。
お前が大きくなって、父に会いたいときは九段にいらっしゃい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。
渋谷健一氏の遺書である。:寂しがりやの子に成るべからず母あるにあらずや、父もまた幼少にして父母を病に亡くしたれど決して明るさを失わずに成長したり。まして戦に出て壮烈に死すと聞かば日の本の子は喜ぶべきものなり。父恋しと思はば、空を視よ、大空に浮かぶ白雲に乗りて父は常に微笑で迎ふ。
松岡洋右外務大臣の言葉:「三国同盟の締結は、僕一生の不覚だったことを、いまさらながら痛感する。これを思うと、死んでも死にきれない」
我が子、妻あるいは父母の幸福や健やかな成長、長命を願い、国の再興を思い亡くなった御霊と、本来であれば誇るべき自分の仕事を一生の不覚と悔やみつつ病死した御霊を、同じ場で祈る事の不自然さがわからないか?
靖国神社での祈りは亡くなられた御霊への感謝であり、国の平和への願いであるはずだ。御霊は私たちの生まれた日本を過去もこれからも守ってくださると信じることが出来なければならない。だが松岡の御霊が日本を守ると信じる事が出来るか。日本を守ってくださる御霊はそれにふさわしい御霊でなければならないということだ。
敵国の手によって刑死させられた御霊には十分な供養が必要な事は言うまでもないだろう。だがこの御霊に国を守るよう祈りを捧げるのは避けたほうがいいのではないかということだ。それは別の場でなければならない。
靖国神社境内に鎮霊社という社があるそうだが、そこにいわゆるA級戦犯が合祀されるまで祭られていたそうだ。分祀ができないという公式見解通りだとすればそこにまだ御霊がおいでだろう。今度おまいりに行ったらそこにも御参りするつもりだ。
私が本殿でお祈りするのは国の為に国の命令で戦地に赴き亡くなられた御霊である。いわゆるA級の殉難者へは、鎮霊社で安らかにお眠りくださるよう祈るつもりである。ちなみに私は総理の参拝は国民の代表として当然の義務であると思う。御霊は多くが民間出身で軍属の割合が太平洋戦争をきっかけに減少したからという理由もある。
私は分祀はできるのではないかと考えるが、そこまで言わない。分祀論が再興したり分祀を拒絶する遺族が出たりと混乱しているが、あの神社の価値は変わるものではない。批難されるべきは合祀を強行した宮司であろうが、解決には時間がかかりそうだ。見守るしかないだろう。
人に様々な生き方があるように霊にも様々あるのではないかということだ。犯罪を犯して刑死された霊と大事な仕事を残して大勢に惜しまれてなくなった霊とは違うはずだ。
植村真久氏の御遺書の一部を引用する。:「私は、お前が大きくなって、立派な花嫁さんになって、仕合せになったのを見届けたいのですが、若しお前が私を見知らぬまゝ死んでしまっても、決して悲しんではなりません。
お前が大きくなって、父に会いたいときは九段にいらっしゃい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮かびますよ。
渋谷健一氏の遺書である。:寂しがりやの子に成るべからず母あるにあらずや、父もまた幼少にして父母を病に亡くしたれど決して明るさを失わずに成長したり。まして戦に出て壮烈に死すと聞かば日の本の子は喜ぶべきものなり。父恋しと思はば、空を視よ、大空に浮かぶ白雲に乗りて父は常に微笑で迎ふ。
松岡洋右外務大臣の言葉:「三国同盟の締結は、僕一生の不覚だったことを、いまさらながら痛感する。これを思うと、死んでも死にきれない」
我が子、妻あるいは父母の幸福や健やかな成長、長命を願い、国の再興を思い亡くなった御霊と、本来であれば誇るべき自分の仕事を一生の不覚と悔やみつつ病死した御霊を、同じ場で祈る事の不自然さがわからないか?
靖国神社での祈りは亡くなられた御霊への感謝であり、国の平和への願いであるはずだ。御霊は私たちの生まれた日本を過去もこれからも守ってくださると信じることが出来なければならない。だが松岡の御霊が日本を守ると信じる事が出来るか。日本を守ってくださる御霊はそれにふさわしい御霊でなければならないということだ。
敵国の手によって刑死させられた御霊には十分な供養が必要な事は言うまでもないだろう。だがこの御霊に国を守るよう祈りを捧げるのは避けたほうがいいのではないかということだ。それは別の場でなければならない。
靖国神社境内に鎮霊社という社があるそうだが、そこにいわゆるA級戦犯が合祀されるまで祭られていたそうだ。分祀ができないという公式見解通りだとすればそこにまだ御霊がおいでだろう。今度おまいりに行ったらそこにも御参りするつもりだ。
私が本殿でお祈りするのは国の為に国の命令で戦地に赴き亡くなられた御霊である。いわゆるA級の殉難者へは、鎮霊社で安らかにお眠りくださるよう祈るつもりである。ちなみに私は総理の参拝は国民の代表として当然の義務であると思う。御霊は多くが民間出身で軍属の割合が太平洋戦争をきっかけに減少したからという理由もある。
私は分祀はできるのではないかと考えるが、そこまで言わない。分祀論が再興したり分祀を拒絶する遺族が出たりと混乱しているが、あの神社の価値は変わるものではない。批難されるべきは合祀を強行した宮司であろうが、解決には時間がかかりそうだ。見守るしかないだろう。
これは メッセージ 206500 (nanking_victory1937 さん)への返信です.