元外交官と元工作員の話しから1/2
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/05/21 00:32 投稿番号: [203998 / 232612]
僕らができること。
みなさん
月刊現代5月号に寄稿された原田武夫氏(前外務省北東アジア課課長補佐)による「外務省は壊れている」(副題 対北朝鮮交渉担当キャップ、辞職翌日に憤怒の暴露)を読まれましたか?
この論文には対北朝鮮外交の第一線で活躍?した原田氏がなぜ日本外交は拉致事件を解決できないのか、外務省、そして日本政府の機構の欠陥を指摘しつつ、そしてどうしたら解決できるのかということが書かれています。
2004年11月10日に始まった3回目の(そして最後?の)日朝実務者協議の結果は皆さんもご承知のとおり、日本政府側には「秘策」もまったくなく、ましてや相手の主張を覆すことにつながるような秘密情報などもなく、ただただ相手の報告を聞き入れ、偽遺骨を持たされて協議終わりという無残な日本外交の敗北に終わりました。
この日朝実務者協議に臨んだ外務省を中心とする日本側代表団と北朝鮮代表団の交渉の模様は次のように描かれています。
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(中略・平壌の順安空港にて)私たちを出迎えてくれたソン・イルホ北朝鮮外務省日本担当副局長以下、外務省日本デスクの面々の表情はやけに明るかった。事前に、私たちは彼らが口々に「拉致問題の再調査には最善を尽くしましたから、後は日本側がどう評価するかだけです」と言っていると聞いていた。そのためか、彼らの表情には余裕すら垣間見える。いったい、何がこれから出てくるのか。私たちに本代表団全員の胸中には、不安と期待が交錯していた。
そして私たちの宿舎となった高麗ホテルにて、9日夕方から行なわれた最終事前協議。冒頭、アジアを総括するマ・チョルス外務省局長が出てきたため、しばし緊張する。なぜなら彼こそ、2002年9月末より斉木昭隆アジア大洋州局審議官を筆頭に日本から派遣された拉致問題調査ミッションに対し、安否不明の拉致被害者について「8名は死亡、2名は北朝鮮に入境せず」という、いまも変わらぬ公式見解を伝えてきた張本人だからだ。
「わが共和国は、日本との国交正常化を日朝平壌宣言に則って進めたいと考えている」
一言でいえば、そういった前向きなメッセージを伝えるマ・チョルス局長の口からは結局、この日、私たちが本当に知りたい「質問」への答えはなかった。むしろ、にやけたその口から出て来るのは、「国交正常化」を前提とした事柄ばかりだった。だが、そう先方が述べる以上、日本側が望んでいる出来事、つまり安否不明の拉致被害者10人全員の「生存」と「帰国」が通知されるのではないか――この日の晩、日本政府代表団の誰しもが、そう思いながら眠りについたことは想像にかたくない。私もその一人だった。
だがそうした根拠なき期待は、翌日、見事に打ち砕かれることになる。実質的な協議初日となった10日午前。「調査委員会の代表」を名乗るチン・イルボ人民保安省局長は、同省の担当課長に対し「再調査結果」の読み上げを命じた。日本側の誰しもが、テーブル上で拳を握り締め、一言も聞き漏らすまいと禿げ頭の課長の口を見つめる。
「再調査結果を伝達する。日本がわが指摘した行方不明者10名の内、8名はすでに死亡した。残り2名については、共和国に入国した形跡は確認できず。以上」
唖然とする私たち日本側代表団一行。日本外交が「敗北」した瞬間だった。
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この、元外交官によれば相手側の説明を突き崩す日本側スパイの「情報」がないことが敗北の原因のひとつと指摘しています。そしてその敗因から導き出した彼の結論とは内閣直属の諜報機関、すなわちスパイ組織の設立が必要なんだ、そうです。
すでに内閣調査室はじめ日本にはスパイ組織は、とりあえずあるんではないかと思いますが、外交の一線に携わった人物の結論ですから、とにかくそこはひとつ尊重したいと思います。
相手側の主張を突き崩すような情報、すなわち日本独自のスパイ網からあげられる未帰還者の生存情報を日本政府がしっかりと把握してさえすればこのような惨めな敗北を味わうことはなかったのだと、言うわけです。
(以前この話に触れたときに、sadatajp氏は、そんな組織を立ち上げようものなら、人権屋が黙っちゃいないと揶揄していました。そんならそれこそ憲法改正なんて無理なんぢゃない?)
みなさん
月刊現代5月号に寄稿された原田武夫氏(前外務省北東アジア課課長補佐)による「外務省は壊れている」(副題 対北朝鮮交渉担当キャップ、辞職翌日に憤怒の暴露)を読まれましたか?
この論文には対北朝鮮外交の第一線で活躍?した原田氏がなぜ日本外交は拉致事件を解決できないのか、外務省、そして日本政府の機構の欠陥を指摘しつつ、そしてどうしたら解決できるのかということが書かれています。
2004年11月10日に始まった3回目の(そして最後?の)日朝実務者協議の結果は皆さんもご承知のとおり、日本政府側には「秘策」もまったくなく、ましてや相手の主張を覆すことにつながるような秘密情報などもなく、ただただ相手の報告を聞き入れ、偽遺骨を持たされて協議終わりという無残な日本外交の敗北に終わりました。
この日朝実務者協議に臨んだ外務省を中心とする日本側代表団と北朝鮮代表団の交渉の模様は次のように描かれています。
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(中略・平壌の順安空港にて)私たちを出迎えてくれたソン・イルホ北朝鮮外務省日本担当副局長以下、外務省日本デスクの面々の表情はやけに明るかった。事前に、私たちは彼らが口々に「拉致問題の再調査には最善を尽くしましたから、後は日本側がどう評価するかだけです」と言っていると聞いていた。そのためか、彼らの表情には余裕すら垣間見える。いったい、何がこれから出てくるのか。私たちに本代表団全員の胸中には、不安と期待が交錯していた。
そして私たちの宿舎となった高麗ホテルにて、9日夕方から行なわれた最終事前協議。冒頭、アジアを総括するマ・チョルス外務省局長が出てきたため、しばし緊張する。なぜなら彼こそ、2002年9月末より斉木昭隆アジア大洋州局審議官を筆頭に日本から派遣された拉致問題調査ミッションに対し、安否不明の拉致被害者について「8名は死亡、2名は北朝鮮に入境せず」という、いまも変わらぬ公式見解を伝えてきた張本人だからだ。
「わが共和国は、日本との国交正常化を日朝平壌宣言に則って進めたいと考えている」
一言でいえば、そういった前向きなメッセージを伝えるマ・チョルス局長の口からは結局、この日、私たちが本当に知りたい「質問」への答えはなかった。むしろ、にやけたその口から出て来るのは、「国交正常化」を前提とした事柄ばかりだった。だが、そう先方が述べる以上、日本側が望んでいる出来事、つまり安否不明の拉致被害者10人全員の「生存」と「帰国」が通知されるのではないか――この日の晩、日本政府代表団の誰しもが、そう思いながら眠りについたことは想像にかたくない。私もその一人だった。
だがそうした根拠なき期待は、翌日、見事に打ち砕かれることになる。実質的な協議初日となった10日午前。「調査委員会の代表」を名乗るチン・イルボ人民保安省局長は、同省の担当課長に対し「再調査結果」の読み上げを命じた。日本側の誰しもが、テーブル上で拳を握り締め、一言も聞き漏らすまいと禿げ頭の課長の口を見つめる。
「再調査結果を伝達する。日本がわが指摘した行方不明者10名の内、8名はすでに死亡した。残り2名については、共和国に入国した形跡は確認できず。以上」
唖然とする私たち日本側代表団一行。日本外交が「敗北」した瞬間だった。
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この、元外交官によれば相手側の説明を突き崩す日本側スパイの「情報」がないことが敗北の原因のひとつと指摘しています。そしてその敗因から導き出した彼の結論とは内閣直属の諜報機関、すなわちスパイ組織の設立が必要なんだ、そうです。
すでに内閣調査室はじめ日本にはスパイ組織は、とりあえずあるんではないかと思いますが、外交の一線に携わった人物の結論ですから、とにかくそこはひとつ尊重したいと思います。
相手側の主張を突き崩すような情報、すなわち日本独自のスパイ網からあげられる未帰還者の生存情報を日本政府がしっかりと把握してさえすればこのような惨めな敗北を味わうことはなかったのだと、言うわけです。
(以前この話に触れたときに、sadatajp氏は、そんな組織を立ち上げようものなら、人権屋が黙っちゃいないと揶揄していました。そんならそれこそ憲法改正なんて無理なんぢゃない?)
これは メッセージ 1 (mitokoumon_2002 さん)への返信です.