小泉首相の訪朝と課題について☆☆☆☆☆

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4/10藤沢市民集会 砂川昌順さん(5)

投稿者: aoinomama13 投稿日時: 2005/04/16 06:18 投稿番号: [200602 / 232612]
http://aoinomama.trycomp.net/

*撮影したビデオカメラから文字化しました。

続き

  日本が当時から諜報に対する意識を持ち、国家として総合的な安全保障体制を整えていれば、あるレベルでの拉致の防止やその後の対策が、当時から作られていたのではないか?と思うと、私自身、当時一公務員として働かせていただいた私自身、国民に対し、そして拉致被害者、そのご家族の方々に対し、お詫びを申し上げたいという気持ちでいっぱいです。

  1990年3月、私は外務省を辞職致しました。情報というものに対する日本政府の姿勢に愛想がついた、というのも要因の1つですが、当時は日本国の公務員が「公務を離れたプライベートの立場である」といかように主張したとしても、ソ連の諜報機関の関係者や、北朝鮮大使館側、いわゆる北朝鮮の公務員と接触を持つことは禁止されております。当然、金銭での取り引きとかそういったことがあるということはどうなるのか。したがってヨーロッパから無事日本に帰国できたとしても、懲戒免職相応の罰を受けるべく立場でもありました。

  結果的には懲戒免職ということにはなりませんでしたけれども、罰は罰、規則を犯した罰を受けるべく立場である、けじめをつけさせるべきとの声も強く、道は道として、筋は通すべきとして、私自身「辞職」というかたちをとり、外務省を去りました。

  退職後も他国の諜報機関との接触が続き、その影を消すのに相当の年月を要しました。身の安全も含めて、すべて自己責任において、隠遁生活を続けていた時期もあります。当然、私の身内や関係者に何らかの影響が出ることも危惧し、一切コンタクトを取らず、行動をひかえ、黙して生きてきた時期もあります。

  そういった中で、拉致被害者ご家族の闘う姿を見た時、「いや、このままではいけないんじゃないのか?」とその闘う姿に大きく刺激され、自分が黙して生きてきたことを反省して、「これから少しでも、また何かお役に立てれば」という思いを持っております。

  さて、時間も迫っていますので、最後に我々が北朝鮮問題に対してどう立ち向かうべきか?私なりに簡単に申し上げさせていただきます。

続く
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