94年の日本②
投稿者: komash0427 投稿日時: 2005/03/21 08:11 投稿番号: [194001 / 232612]
――1994年5月18日、ワシントン――
北朝鮮が原子炉の燃料棒交換を開始し暗雲が垂れ込める中、ラックはワシントンに飛び、朝鮮半島での戦争に備える異例の軍事会議に参加した。ペリー国防長官と統合参謀本部議長のジョン・シャーカシュビリ大将は米軍現役の大将クラスの将軍や提督をことごとく招集した。5月18日に、世界各地の司令部から数人ずつが、国防総省の会議室に顔を見せた。米軍が一体となり、兵員、物資、兵站面で、どのようにして朝鮮半島におけるラックの戦闘計画を支援すればよいか、それが今回の議題である。さらに、集まった軍首脳陣は、実際に戦闘が始まった場合に備えて、部隊の事前配備や他の司令部からの輸送、空母の配置転換、地上配備戦闘機の朝鮮半島近くへの移送、大増派計画――米軍主力戦闘部隊全体のほぼ半分――についても詳細に検討した。誰もが、この会議は単なる図上演習ではなく「戦争の進め方を決める、本物の戦闘員による本物の会議」だと思っていた。会議を準備した統合参謀本部勤務のトーマス・フラニガン海軍大佐はそう述べている。「恐ろしく真剣な」会議だったというのがフラニガンの印象だった。
<北朝鮮貧民軍相手の戦闘でさえ、全世界の米軍部隊の総合力を前提にしている。イラクから撤退しない限り、米軍は北朝鮮と戦争をしそうにはない。武力衝突などはあり得なさそう。 By komash0427>
その翌日、ペリー国防長官、シャーカシュビリ統合参謀本部議長、ゲーリー・ラック司令官は会議の結果を最高司令官である大統領に報告するためホワイトハウスへ赴いた。そこでクリントン大統領は、アジアで発生しつつある紛争の重大性と経過について公式に説明を受けた。朝鮮半島で戦争が勃発すれば、最初の90日韓で米軍兵士の死傷者が5万2千人、韓国軍の死傷者が49万人に上るうえ、北側も市民を含めた大量の死者が出る見通しだ。財政支出も610億ドルを超えると思われるが、同盟国からの資金供給はほとんど期待できない。軍指導部の面々は大統領にそう話した。このぞっとするような悲劇が発生すれば、16ヶ月立つクリントン政権は間違いなく最大の危機を迎えるだろう。そんなことになればクリントンが国内外で実現したいと願っていた計画はことごとく台無しになってしまう。
事態の重大性を実感したクリントンは、翌5月20日、外交担当の高官を招集し、朝鮮半島での対立について協議した。朝鮮半島危機を追い続けていたジャーナリストや専門家の大半――彼らは今回の軍事会議の性格や結論については何も知らされていなかった――は、政府が突然、外交努力の姿勢を示したことに驚く。北朝鮮が核燃料棒交換を強行したにもかかわらず、米政府がずっと延期されていた米朝高官協議第3ラウンドを開催したいと呼びかけたからである。
北朝鮮は米国のこの呼びかけに意欲を示し、第3ラウンドを設定するため5月23日にニューヨークで国務省当局との実務協議を再開した。しかし、進展がない矢先に、6月2日にIAEAが宣言を発した。予想より早く燃料棒が交換されたため、原子炉の過去の経緯を検証することが、「できなくなった」というのである。IAEAの評価を受け取った米政府は、北朝鮮に対し国連安保理の制裁を求めるという決定を下した。「引き金を引いたのは北朝鮮であって、米国でも他の国でもない。これを見過ごしにできるとは思わない」。クリントンは記者団にそう語った。
後にこの危機を振り返って、ペリー国防長官は北朝鮮原子炉の燃料棒交換が転換点になったと証言している。この時点で、対話と「予防外交」の失敗がはっきりし、米国の戦略は制裁を含む「威圧外交」に転換したというのだ。米軍の軍事作戦担当者からみれば、取り出されている燃料棒は実際の物理的脅威にほかならず、北朝鮮が核兵器開発に向けて突き進む危険性を示している。初期の段階で制止しなければ、北朝鮮はいずれ核兵器システム全体を所有して、それを脅迫や恐喝に利用し、さらには中東の国に高値で売却するかもしれない。それだけは何としてでも避けなければならない。だからこそ戦争の危険性が実在したにもかかわらず、「われわれは北朝鮮が大規模な核兵器開発計画を進めるのを認めるほうがさらに危険だと判断した」。ペリーはそう述べている。
強襲攻撃に備えるため、国防総省は部隊の増派計画を全速で推し進めた。同時に、国務省は主要国の首都や国連の場において、国際制裁の内容や時期について新たな協議を開始した。
(続く)
北朝鮮が原子炉の燃料棒交換を開始し暗雲が垂れ込める中、ラックはワシントンに飛び、朝鮮半島での戦争に備える異例の軍事会議に参加した。ペリー国防長官と統合参謀本部議長のジョン・シャーカシュビリ大将は米軍現役の大将クラスの将軍や提督をことごとく招集した。5月18日に、世界各地の司令部から数人ずつが、国防総省の会議室に顔を見せた。米軍が一体となり、兵員、物資、兵站面で、どのようにして朝鮮半島におけるラックの戦闘計画を支援すればよいか、それが今回の議題である。さらに、集まった軍首脳陣は、実際に戦闘が始まった場合に備えて、部隊の事前配備や他の司令部からの輸送、空母の配置転換、地上配備戦闘機の朝鮮半島近くへの移送、大増派計画――米軍主力戦闘部隊全体のほぼ半分――についても詳細に検討した。誰もが、この会議は単なる図上演習ではなく「戦争の進め方を決める、本物の戦闘員による本物の会議」だと思っていた。会議を準備した統合参謀本部勤務のトーマス・フラニガン海軍大佐はそう述べている。「恐ろしく真剣な」会議だったというのがフラニガンの印象だった。
<北朝鮮貧民軍相手の戦闘でさえ、全世界の米軍部隊の総合力を前提にしている。イラクから撤退しない限り、米軍は北朝鮮と戦争をしそうにはない。武力衝突などはあり得なさそう。 By komash0427>
その翌日、ペリー国防長官、シャーカシュビリ統合参謀本部議長、ゲーリー・ラック司令官は会議の結果を最高司令官である大統領に報告するためホワイトハウスへ赴いた。そこでクリントン大統領は、アジアで発生しつつある紛争の重大性と経過について公式に説明を受けた。朝鮮半島で戦争が勃発すれば、最初の90日韓で米軍兵士の死傷者が5万2千人、韓国軍の死傷者が49万人に上るうえ、北側も市民を含めた大量の死者が出る見通しだ。財政支出も610億ドルを超えると思われるが、同盟国からの資金供給はほとんど期待できない。軍指導部の面々は大統領にそう話した。このぞっとするような悲劇が発生すれば、16ヶ月立つクリントン政権は間違いなく最大の危機を迎えるだろう。そんなことになればクリントンが国内外で実現したいと願っていた計画はことごとく台無しになってしまう。
事態の重大性を実感したクリントンは、翌5月20日、外交担当の高官を招集し、朝鮮半島での対立について協議した。朝鮮半島危機を追い続けていたジャーナリストや専門家の大半――彼らは今回の軍事会議の性格や結論については何も知らされていなかった――は、政府が突然、外交努力の姿勢を示したことに驚く。北朝鮮が核燃料棒交換を強行したにもかかわらず、米政府がずっと延期されていた米朝高官協議第3ラウンドを開催したいと呼びかけたからである。
北朝鮮は米国のこの呼びかけに意欲を示し、第3ラウンドを設定するため5月23日にニューヨークで国務省当局との実務協議を再開した。しかし、進展がない矢先に、6月2日にIAEAが宣言を発した。予想より早く燃料棒が交換されたため、原子炉の過去の経緯を検証することが、「できなくなった」というのである。IAEAの評価を受け取った米政府は、北朝鮮に対し国連安保理の制裁を求めるという決定を下した。「引き金を引いたのは北朝鮮であって、米国でも他の国でもない。これを見過ごしにできるとは思わない」。クリントンは記者団にそう語った。
後にこの危機を振り返って、ペリー国防長官は北朝鮮原子炉の燃料棒交換が転換点になったと証言している。この時点で、対話と「予防外交」の失敗がはっきりし、米国の戦略は制裁を含む「威圧外交」に転換したというのだ。米軍の軍事作戦担当者からみれば、取り出されている燃料棒は実際の物理的脅威にほかならず、北朝鮮が核兵器開発に向けて突き進む危険性を示している。初期の段階で制止しなければ、北朝鮮はいずれ核兵器システム全体を所有して、それを脅迫や恐喝に利用し、さらには中東の国に高値で売却するかもしれない。それだけは何としてでも避けなければならない。だからこそ戦争の危険性が実在したにもかかわらず、「われわれは北朝鮮が大規模な核兵器開発計画を進めるのを認めるほうがさらに危険だと判断した」。ペリーはそう述べている。
強襲攻撃に備えるため、国防総省は部隊の増派計画を全速で推し進めた。同時に、国務省は主要国の首都や国連の場において、国際制裁の内容や時期について新たな協議を開始した。
(続く)
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