金豚研究④(下)
投稿者: sofiansky2003 投稿日時: 2005/02/24 23:18 投稿番号: [182900 / 232612]
金総書記が97年半ばまで発表した主な論文および談話のキーワードは「われわれ流の社会主義」の堅持だ。「党の事業と経済事業に力を入れ、社会主義の威力をさらに強化すべき(93年2月)」「社会主義は科学だ」(94年11月)などというものだ。分配を犠牲にしてでも、思想武装を強化することが重要だという論理だ。
このような認識は97年頃から少しずつ変わり始めた。97年9月に発表した「当面の経済事業のいくつかの問題」と題した金総書記の談話は、「国家が農民と約束したことを破ってはいけない」と明らかにした。
北朝鮮住民らの家についている畑から生産された農産物を直接処分できるようにしなければならないというのだ。こんな表現もある。
「政治道徳的刺激を先行させるべきだとし、物質的刺激を疎かにしてはならない」というのだ。「強盛大国論」が本格的に提起された98年以後はより具体化した。
当面の最大課題として、経済活性化を通じた経済強国建設が提示された。これは「金正日時代」を象徴する98年の憲法修正にも反映された。修正憲法は経済事業の内閣の権限を強化し、経済運用に原価、利潤、収益性など価値法則を連想させる用語を積極的に受け入れた。
99年10月、慈江道の「鴨緑江タイヤ工場」の現地指導にもよく現われている。ここで金総書記は「社会主義市場がなくなり、周辺のすべての国々が資本主義貿易を行っている条件にあわせ、企業所経営管理は社会主義原則に基礎し、貿易は資本主義国家を相手しなければならない」と述べた。
経営は社会主義式に、貿易は資本主義式にやろうというのだ。
2001年1月、いわゆる「新思考」路線と中国訪問を通じてはさらに発展した。科学技術の発展も強調された。「絶えず前進する現時代の要求にあわせ、経済を立たせ、発展させるためには、大胆に工業を最新設備と技術で装備しなければならない」(労働新聞2001.1.4)と言及した。
続いて、1月中旬、上海を訪問した際は、中国経済と発展を「天地開闢」と激賛し、「今回北に帰れば、若い血ですべて交替させる」と話した(実際には目立って経済専門家を交代させることはなかった)。
北朝鮮当局は2003年6月10日、「経済改革」という用語も使った。朝鮮中央通信を通じて農民市場を総合市場に拡大再編したことを初めて公式発表した席でのことだ。
最近は科学技術発展と工場設備の現代化も特に強調されている。2003年11月10日付の労働新聞で、金総書記は「現時期の科学技術を速く発展させることは、われわれ革命と建設において最も切迫で、必須な要求である…。党の科学技術重視路線を貫徹することにおいて、重要な問題は科学技術と生産を密着させること」とした。
しかし、金総書記が「軍事」を優先視しているため、金総書記の認識と路線を実用主義路線やソ連のペレストロイカと同一視し、比較するのは無理がある。さらに、最近の経済改革を市場経済体制への履行と見るのは正しくない。
(end)
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そもそも金日成が後継指名の時に経済だけはやるなと言ったとある。
といっても経済はなんといっても国の根幹ですからね。
案の定、メチャメチャになった。
>「飴なしで生きられるが、銃弾がなければ生きられない」
既に300万人死んでいるではないか。
もっとも、この場合”死”とは、国民のことではなく、
金王朝のことらしい。
このような認識は97年頃から少しずつ変わり始めた。97年9月に発表した「当面の経済事業のいくつかの問題」と題した金総書記の談話は、「国家が農民と約束したことを破ってはいけない」と明らかにした。
北朝鮮住民らの家についている畑から生産された農産物を直接処分できるようにしなければならないというのだ。こんな表現もある。
「政治道徳的刺激を先行させるべきだとし、物質的刺激を疎かにしてはならない」というのだ。「強盛大国論」が本格的に提起された98年以後はより具体化した。
当面の最大課題として、経済活性化を通じた経済強国建設が提示された。これは「金正日時代」を象徴する98年の憲法修正にも反映された。修正憲法は経済事業の内閣の権限を強化し、経済運用に原価、利潤、収益性など価値法則を連想させる用語を積極的に受け入れた。
99年10月、慈江道の「鴨緑江タイヤ工場」の現地指導にもよく現われている。ここで金総書記は「社会主義市場がなくなり、周辺のすべての国々が資本主義貿易を行っている条件にあわせ、企業所経営管理は社会主義原則に基礎し、貿易は資本主義国家を相手しなければならない」と述べた。
経営は社会主義式に、貿易は資本主義式にやろうというのだ。
2001年1月、いわゆる「新思考」路線と中国訪問を通じてはさらに発展した。科学技術の発展も強調された。「絶えず前進する現時代の要求にあわせ、経済を立たせ、発展させるためには、大胆に工業を最新設備と技術で装備しなければならない」(労働新聞2001.1.4)と言及した。
続いて、1月中旬、上海を訪問した際は、中国経済と発展を「天地開闢」と激賛し、「今回北に帰れば、若い血ですべて交替させる」と話した(実際には目立って経済専門家を交代させることはなかった)。
北朝鮮当局は2003年6月10日、「経済改革」という用語も使った。朝鮮中央通信を通じて農民市場を総合市場に拡大再編したことを初めて公式発表した席でのことだ。
最近は科学技術発展と工場設備の現代化も特に強調されている。2003年11月10日付の労働新聞で、金総書記は「現時期の科学技術を速く発展させることは、われわれ革命と建設において最も切迫で、必須な要求である…。党の科学技術重視路線を貫徹することにおいて、重要な問題は科学技術と生産を密着させること」とした。
しかし、金総書記が「軍事」を優先視しているため、金総書記の認識と路線を実用主義路線やソ連のペレストロイカと同一視し、比較するのは無理がある。さらに、最近の経済改革を市場経済体制への履行と見るのは正しくない。
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そもそも金日成が後継指名の時に経済だけはやるなと言ったとある。
といっても経済はなんといっても国の根幹ですからね。
案の定、メチャメチャになった。
>「飴なしで生きられるが、銃弾がなければ生きられない」
既に300万人死んでいるではないか。
もっとも、この場合”死”とは、国民のことではなく、
金王朝のことらしい。
これは メッセージ 182894 (sofiansky2003 さん)への返信です.