青瓦台襲撃途中の武装工作員に遭遇①
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/01/07 22:37 投稿番号: [169275 / 232612]
記者は今年1月7日、坡州郡チョンヒョン面チョリ洞の三峰山のふもとで禹聖済さんと禹哲済さんと会った。2人から36年前の状況について生々しい証言を聞くことができた。
1968年1月19日、氷点下15度の寒さだったが、禹さんらは昼食を食べた後、いつもと同じように裏山の三峰山(海抜約200メートル)に登り、薪を集めに行った。日陰にはまだ雪が残り、ひざまで埋まった。4人は雪が融けた道に沿って三峰山を登り、2人1組になって木を切った。禹聖済さんの証言だ。
「尾根を通っている時、防寒帽をかぶった見かけない顔の青年たちが稜線の方に座っているのが見えた。私はほかの村から木を切りにきた人たちだと思った。それで『後で木を取り戻そう』と思い、もう少し下ったところで作業をしていた」
「どれほど経った頃だったか。上の方にいた哲済さんが私を呼んだ。哲済さんの隣にはさっき見た人たちが立っていた。約10メートル程度の距離に近づいた時、彼らが国軍服を着ているのに機関銃は国軍のものではないことに気付き、直感でスパイだと思った。あまりに近くにいたので逃げることもできなかった。彼らは私たちを峰付近の岩の下に連れて行った。そこには国軍の服装をした1個小隊の兵隊がいた」
工作員たちは別の場所で木を切っていた禹ヒジェ、キョンジェさんまで拘束し、飴とスルメを与え、たばこを勧めながら「俺たちが誰だかわかるか」など、さまざまなことを質問したという。2人は工作員に「今日木を切らなかったら明日食べるコメを買えなくなるから解放してほしい」と哀願したが、彼らは「木を切れなかった分は補償するから」となだめたという。
工作員たちは「昌慶苑(チャンギョンウォン/昌慶宮)に行ったことがあるか」「大統領府がどこにあるか知っているか」と質問したが、禹さんらは「私たちは山で木を切る仕事をしているのでソウルには行ったこともない」と最後まで言い張った。2人はその日に限って日付表示付きの腕時計をせずに山に登ったが、工作員たちは日本製の腕時計を自慢したという。
禹聖済さんの証言だ。
「ある工作員はわれわれのほっぺたをつねって揺さぶり、『満足に食べられないからこんなにむくんだんだ』と笑い、服装をあざ笑った。おそらく山の中で私たちを殺すのは簡単だったろう。それでも殺さなかったのは、私たちの純朴な様子が彼らの同情心を刺激したのだろう」
これは メッセージ 169271 (hangyosyufu さん)への返信です.
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